雪山机上第五回・救急法(凍傷・低体温症)

救急法の講義

共通する基本知識

まず、凍傷・低体温症に関する注意は、冬期に限ったものではないことだ。「夏は冬のために、冬は夏のために」、四季を通じ必要なスキルと考えなければならないのだという。そして、リスクは単独の要素ではなく、さまざまな要素と結びついている。低体温症で平衡感覚が鈍ることによって、転落事故に遭うケースなどがよく見られるという。
凍傷・低体温症を理解するための知識として、熱が奪われる理屈と、人体の構造が説明された。熱が喪失する仕組みは、放射・対流・伝導・蒸発の4つの要素からなる。現実の山岳行動について、何がこれら4つの要素に該当するのか、よく理解することが必要だ。例えば、ピッケルの持ち手は、金属の熱伝導により反対側の手より冷えるといった具合だ。人体は、コアと呼ばれる部位とシェルと呼ばれる部位に大別される。脳を収める頭と内臓を収める胸腹部を中心に、肩や大腿上部までがコアに該当する。コアを包む表皮、そして手足が、シェルに該当する。寒冷環境では、カラダの生存本能として、コアを守るためにシェルを犠牲にするのだという。

低体温症の知識

低体温症というのは、医学的にはまだ新しい概念で、現実の事故で最初に認知されたのは1960年代なのだそうだ。古くはイギリスの山岳レース事故に始まり、最近では大雪山系トムラウシ山でのツアー登山遭難が記憶に残るところである。低温・濡れ・風の環境的三大原因によってもたらされるため、同一環境下のパーティー全員が遭う可能性を持つが、中でも特に、メンバーの中で最も負荷の高いリーダーが遭いやすいという。低体温症による判断力の低下がリーダーに降りかかると、パーティー全体の危機につながる。メンバー同士で、唇が紫色になる、カラダに震えが来る、といった初期症状を見逃さないことが大切だ。また、遭いやすいタイプとして、若齢者より体温調整能力が劣る高齢者についても、注意が必要だ。自分は大丈夫だからあの人もまだ大丈夫だろうと思わず、ひとりひとりの個人差を意識することが大切だ。
低体温症のリスクを高める要因には、基礎体力・子供や高齢者・脱水・高所のほか、喫煙・飲酒・カフェインが挙げられる。ホットコーヒーなど、カラダを暖め血行を促して良いようにも思うが、カフェインは利尿効果で脱水につながるため、極限環境下には飲んではならないのだという。
山岳地では、高度100m毎に約0.6℃低下する気温と、風速1m毎に約1℃低下する体感温度(ウインドチル)に、注意しなければならない。ザックに温度計を付けておくと、環境変化を定量的に把握することができ、行動に役立てることができる。ウインドチルについては、直感的に理解しやすいメーターがゴアテックス社のサイトにあるので、よく見ておくと良い。
http://www.windstopper.jp/kaiteki/index3.html
低体温症のレベルは、軽度(深部温度35〜33℃)・中度(深部温度33〜30℃)・重度(深部温度30℃以下)に大別される。まず、軽度で現れる運動機能低下の判断基準として、まっすぐ歩けるかどうかが目安になる。もし30歩まっすぐ歩けないようであれば、危ない状態と思って良い。軽度の症状(強い疲労感、周囲への無関心、震える、よろめくなど)が現れたら、3時間以内の対処が必要だ。すぐに採れる対処はツエルトで暖をとることだが、タコツボなどのシェルターを掘ると、より効果的だ。なお、ツエルトやエマジェンシーシートは、畳んだままにずっと放置しておくと、コーティングなどがくっついて、いざというとき使えない状態になりやすい。ときどき広げて確認すること。
飲み物を摂らせる場合は、ノンアルコール・ノンカフェインを徹底する。ポカリスエットなどのスポーツドリンクをお湯で溶いたものが良い。低体温症に遭ったカラダを暖めるときは、頸動脈(首筋)・脇の下・そけい部(股間)を重点的にし、お湯を入れたペットボトルやカイロなどをタオルで巻いたものを使うと良い。また、気付かないが効果的な箇所として、手首・足首がある。これら加温箇所は、熱中症対策での冷温箇所と共通する。低体温症が重くなった場合、暖めるなどの処置でいったん回復したかのように見えても、すぐに歩かせてはならない。心室細動が現れ、死に至る場合がある。

凍傷の知識

凍傷とは、カラダの一部が寒冷刺激に晒され、生体組織が凍結する局部の障害だ。組織が凍結しないものにも凍瘡と呼ばれる障害などがあるが、必要な対処は共通する。凍傷については、ある程度以上に進行してしまうと元に戻らない怖さが挙げられ、遭ってからの対策より予防こそが、何より大切だという。
凍傷の症状は、1度(表皮のみ)・2度(真皮まで)・3度(皮下組織まで)・4度(骨まで)に大別される。
(講義はここで実際の症例写真が示された。かなりグロい内容だ。)
応急処置は、寒気からの遮断と障害部の暖め(42℃くらいのお湯)だが、全身を保温して低体温症の併発を防ぐことや、十分な栄養補給なども大切だ。そして、水疱をつぶさない(感染症防止)、マッサージしないことを守る。
軽度の凍傷は、その場すぐには症状が出ず、数日後に現れる。目視で異変を感じなくても、その場での痛みは危険信号だ。危ないと感じたら、患部を心臓より低い位置して叩き、血行を良くすること。顔面の状態は自身で気付かない場合があるので、パーティーのメンバーで互いにチェックすると良い。
予防策は、低体温症の対策とも共通する衣類での保温のほか、アイゼンバンドや靴紐での締め付け過ぎ防止(血行不良)、濡れ対策(手袋や靴下、着替えの予備)、金属との接触頻度(ピッケルなど)が挙げられる。ここでも、メンバーによる相互チェックが有効だ。また、低体温症による判断能力低下も凍傷要因を招く不注意に直結するので、要注意。
なお、ピッケルの持ち手については、都岳連の初心者向け技術指導に従うと、必ず利き手で持つことになっているが、凍傷予防の観点では、適宜、左右待ち替えて行動することが有効になり、相反する。これは、行動場所に応じたケースバイケースの判断になる。危険な箇所では技術を優先し、安全な場所では凍傷予防を優先するいうことだ。

山岳行動での注意点

行動を止めて休憩するときには、服を1枚羽織るなどのクセをふだんから付けておくと良い。行動中の衣服調節は、休憩(1時間に1回単位が一般的)とは別に、20〜30分単位で行うと良い。気象条件が厳しいときは、休憩を5分程度の立ち休みに留めて、極力、体温低下を抑える。
行動食は、2時間くらいに1回単位で、炭水化物やナッツ類を摂るのが有効だ。朝食をしっかり摂ることも大切だが、これは、山に行ったときだけ守ろうとしても難しい。日常生活から、朝食を摂る習慣を付けておくことが、山での安全に結びつく。
濡れたものを素肌に触れさせないことも鉄則だ。その場合、今一番乾いているものは何か?と考え、固定観念に捕らわれないことも大切になる。例えば、シュラフを濡らしてしまった場合は、シュラフの内側にシュラフカバーを入れ、カラダと濡れたシュラフを隔離するといった逆転の発想が役立つ場合もある。
今回の講義の中で最も意外に感じ、知らなかった知識が、水分摂取量の算出方法だ。

水分量[g] = 5 × 体重[kg] × 行動時間[h]

例えば、体重60kgの人が8時間行動すると、必要な水分量は2.4リットル(2400g)にもなる。この算出式は、夏冬共通だという。一見、大量に汗をかく夏期のほうが水分は必要に思うが、実は、空気が乾燥する冬期もカラダから激しく発散するため、水分を大量に消費するのだ。現実問題として、氷点下環境で行動中、それだけの水を携帯するには厳しいものがある。そこは、行動開始前に多めに飲んでおくことや、行動後すみやかに補うなどして、1日過ごす中で必要量を満たす配慮で良いとのこと。
最後に全体総括として語られたのは、普段から良い習慣を身に着けることだ。日常生活でも朝食を毎日きちんと摂る、着替えをすぐ出せるよう上手にパッキングする、パーティーのメンバーくっつきすぎて列を歩かない、といったことを心がけておくと、リスクを抑えることにつながる。
また、救助要請を躊躇わないことも、挙げられた。昨今、安易な救助要請が批判の対象になりやすいが、危険を感じたときは根性で乗り切ろうなどと考えず、助けてもらうべきだという。
なお、救命法の知識を高めるには、CPR(心肺蘇生法)講習を受けると良く、日赤ホームページで情報をチェックできる。また、都岳連でも毎年開催されており、6〜7月頃に講習会の計画が発表されるとのこと。

次回の計画説明

次回は、3月5日(土)・6日(日)の2日間で、八ヶ岳連峰の硫黄岳への登頂を題材に、雪山総合技術を学ぶ。ジョウゴ沢での氷上歩行訓練も予定されている。宿泊地は赤岳鉱泉だ。赤岳鉱泉には現時点で160名ほどの予約が入っているという。人が多いことを意識して行動する必要がある。
必要装備は、小屋泊まりでの冬山装備一式。ハーネス、スリングなどのクライミングギアを含む。硫黄岳登頂の際は、不要装備を小屋に置いて行けるので、サブザックがあると良い。なお、浴場は夏場しか営まれていないので、今回、入浴はできない。
講師は6名、受講者は29名の予定。班分け(6班)は、当日現地での発表になる。