雪山実技第五回・赤岳登頂 1日目

新宿から美濃戸口へ


これまでと同様、朝7時に新宿駅前に集合。自分はうっかり寝過ごしてしまい、集合時間ぎりぎりに到着。待ち合わせ場所で「よし、君で最後だよ」との講師の笑顔に、ごめんなさい!と言いつつ、チャーターされたグリーングラスバスに乗り込む。今回はテント泊のため、80リットルクラスの大型ザックで来た人が多い。食糧調達などの関係で、班分けは4月12日の机上講習で発表され、その場で各メンバーの分担など班内での打ち合わせも済んでいる。自分が所属する班は、自分のほか、男性1名、女性1名、そして男性講師1名の合計4名だ。これだけ少人数で班が構成され、各班に講師が付くのは、それだけのリスクに対応すべきパーティー編成を意味する。気を引き締めて行こう。
中央道は事故渋滞に巻き込まれた前回と違って、すいすい走った。いつものように、途中のサービスエリアでトイレ休憩停車。寝過ごしてろくに朝食を摂らず家を出たため、猛烈に腹が空いている。カルビ焼きそばと大盛りチャーハンのがっつり飯を調達し、一安心。
天候は一応、晴天なのだが、ウェザーニュースの予想天気図を見ると、ちょうど正午頃に前線が通過するらしい。実際、現地が近付くにつれてみるみる雲が増えていき、怪しい天候になってきた。

美濃戸口から赤岳鉱泉


予定より30分早い10時頃、バスは美濃戸口に到着。前回と違って、駐車しているクルマの数や登山者がとても少ないことに気付いた。まだ、オフシーズンというわけでもないそうで、今年独特の様子らしい。やはり、震災による自粛ムードなのだろうか。
スパッツなど装備を整えた後、各班に分かれ食糧などの荷物を分担してパッキングし、出発。
登山口付近の雪はすっかり解け、土の道だ。ぬかるんだ泥で、ぐちゃぐちゃした箇所もある。もちろん、アイゼンは装着していない。

クルマが乗り入れられる最終地点で、各班、共同装備品を受け取った。内訳は、テント、銀マット、鍋、バーナー、ロープ、スノーバー、カラビナなど。荷物を再度、分担しなおしてパッキング。自分は、テントと鍋を受け取った。88リットルの大型ザックなので、嵩張る荷物も余裕綽々。推定重量は23kgほどだろう。いつも30〜40kg詰め込んで山行しているザックなので、妙に軽く感じてしまう。多い荷物を意識してか、前回よりもこまめに休憩をとった。
曇天で薄暗いような中、ときどき雲の切れ目から太陽が顔を出す。風に乗って、雲の動きが非常に速い。典型的な低気圧接近の空模様だ。お昼近くになると、生ぬるい風とともに雨粒がぱらり落ちてくる感触もあったが、雨天というほどではない。

お昼を過ぎると、雲が退き、青空が広がってきた。4日前の机上講習で教わった前線通過の天候変化を、実際に体験したことになる。
展望が開けたところで講師から、写真撮影のお勧めを受けた。ここは良い撮影スポットだという。自分は休憩の意識でうっかりザックを降ろしてしまったのだが、ザックを背負ったままでちょっと立ち止まる程度の予定だったらしく、バツが悪くなってしまった。こういうときは、しっかり指示を確認すべきだった。
せっかくの機会なので、ピッケルにカメラを固定しセルフタイマーを設定、班の4人全員で記念撮影を行った。ローアングルではあるが、良い写真が撮れたと思う。

テント設営


14時20分頃、幕営予定地の赤岳鉱泉に到着。痩せ細ってはいたが、アイスキャンディーはまだ残っていた。
例年の講習会では、幕営予定地は行者小屋になっていたが、水の手配など営業小屋があることでのメリットから、今年は赤岳鉱泉に変えられたとのこと。今年独特な他の登山者が非常に少ないことも、理由としてあるのかも知れない。

まずは幕営の適地を検討。比較的平らな箇所は、すでに先着の班が押さえているようだ。講師から、ここはどうかな?と提案されたのは、少し上がった樹林のところで、踏み跡のない場所だった。なるほど、樹林の近くなら風が和らいで良さそうだ。平坦で整地もしやすそう。近くにザックを降ろし、4人全員でスクラムを組む指示を受けた。横につながった形で、ドンドン足を踏みならして前進。踏み固めた後、スコップで凸凹箇所を平らに、微妙な傾斜を修正。あっという間に整地が完了した。
テントを広げ、ポールをスリープに通してドーム状に組み立てる。テントは、アライの製品で、たぶんエクスペディションドーム4だと思う。さすがにこの規模のテントになると、ポールの張力が強い。二人組でしっかり押さえないとバネに負けてしまいそうだ。ポールは引っ張るとジョイントが外れてしまうので、押し込んでいく。
このテントは入口が二箇所あり、片方は普通のファスナー開閉、もう片方は冬季用吹き流し開閉になっている。どちらを使うか講師に尋ねたところ、厳しい時期環境ではないのでファスナー側で良いでしょうとのこと。

ドームの組み立てができたところで、フライシートを被せ、張り綱をペグダウン。用意されたペグは割り箸だ。本来、竹のほうが強度があって良いのだが、どうやらケチって調達したな、とは講師の弁。十文字に組んで、テントの張り綱で結わえ、スコップで掘った穴に埋めた。強度に不安を感じたので、近くに落ちていた枯れ枝も利用。割り箸より、こっちのほうがずっといい。
テントの中に敷く銀マットは、銀の面と白い面、どちらを下にするべきか諸説あるのだが、今回、マット自体が滑りにくいことを優先しようとの講師の提案にしたがい、白い面をを下に敷いた。なお、自分の個人山行では、今回同様、いつも白い面を下に敷いている。

フィックスドロープ通過訓練


テントの設営を終え、15時半頃からは、ハーネスを装着してフィックスドロープ通過の訓練を行った。これまで何度も練習したマッシャーの本番前最終トレーニングだ。今までは確実性にウエイトを置く感じだったが、今回はテキパキとすばやい操作も意識し、何度も練習した。手袋を付けてのオートロックカラビナの開閉操作は、なかなか大変。パチンと閉じた瞬間に手袋の皮が挟まったりで、繰り返し練習しても難儀してしまう。

練習中、テクニカルな小ネタを講師からいくつか伺った。例えば上の写真のように、ハーネスのビレイループにテープスリングをカウヒッチで結び付ける場合、スリングの縫い目はカウヒッチの根元ぴったり位置に合わせると、緩みにくく最も良いという。必ずこうすべし、というものではないそうだが、使える機会には選択肢に持っておくと、安全性を高める一助になる。
練習を終えたところで、木々に張られたロープを解いて装備を整理。われわれ受講生の中でも、岩登り教室をすでに卒業された方は、さすがロープの扱いに慣れている。でも、講師の手さばきは、それよりも遙かな別次元だ。ロープの巻き方はこうでしたよね?と聞かれた講師、そのロープを受け取って巻き方の模範を見せてくださった。首と肩を使って巻き取っていくのだが、まるでロープが生き物のように、しゅるしゅると目にも止まらないような早さで巻き付いていく。すごいマジックを見たような調子で、囲んでいた受講生一同、あっけにとられた状況だ。

テント生活


16時半頃、訓練を終え、テントに戻って夕食を作ることになった。メニューは超具だくさんの味噌鍋うどん。食材調達を担当されたメンバーの方からいただいた計画書によると、豚肉(味噌漬)、白菜、水菜、長葱、人参、厚揚げ、椎茸、えのき茸、シメジ、マロニー、茹でうどん、鍋ダシの素が用意されるものになっていたが、実際には、それよりもっと種類豊富な食材が下ごしらえ済みで用意され、びっくりした。でも、分量は決して過剰にはなっておらず、ふだんから美味しい料理を作られ、キャンプ食についても経験豊富な方なのだろう。うどんなど、キャンプでは乾麺を茹でるのが常識と思いがちだが、1泊2日でスピーディーな山行を目指す場合、茹で済みの麺を持っていくほうが良いというのは、今回勉強になったポイントである。
自分が個人山行をする場合、写真機材を優先する関係から、食料についてはかなり品目を絞り込んでしまう場合が多い。キャンプにおいて豊かな食生活を保つことは、山行中のモチベーション維持にとても役立つことだろう。荷物の量を増やすことなく食材の種類を上手に増やすことは、じっくり取り組んでいきたいテーマだ。
今回、水が赤岳鉱泉さんからいただけたので、雪を溶かす必要のないのはありがたかった。また、ガスバーナーはボンベとチューブでつなぐ分離タイプのものを持参されたメンバーの方のおかけで、非常に効率良く調理が進んだ。この形態のバーナーは、自分は雑誌広告などで見ることはあったものの、現物を見るのは初めてだ。そこにどんなメリットがあるのか、広告からではイマイチよく分からなかったのだが、実際に使ってみてよく分かった。まず、バーナーとボンベが離れているので、ゴトクを低い位置に置くことができ、鍋を載せた状態での安定性が高い。大きな鍋や網を使っても、ボンベを異常加熱させる心配がなく、安全性が高い。そして、雪山では特に重要なのだが、調理中にボンベを暖めたりぬるま湯に浸けたりしての火力維持が、非常にやりやすいことが大きなメリットだ。
下ごしらえ済み食材と高火力バーナーのおかけで、調理は早く済み、17時過ぎには食べ始めることができた。
食べ終わったところで、講師からいろいろな話を伺えるかと期待していたら、えっ? 座ったまま、すでにすやすやと眠りに着かれている。時刻はまだ18時半、あまりに見事な眠りっぷりで、残されたわれわれメンバー3人、どうしたものかと考えるうち、隣のテントからは大きな笑い声が聞こえてきた。
今回、各班のメンバー構成は、キャラ別に揃えられているらしく、我らが班はおとなしい系、隣に居る班は対照的な賑やか系だ。隣から一番賑やかな助っ人ひとりに来ていただき、パワーをいただきながら、しばし歓談。
19時半頃、そろそろ寝支度をしましょうということになり、講師に起きていただいて、各自のポジションを決め、シュラフを広げた。テントの長辺方向にカラダを沿わす形で、頭と足の先のスペースに各自の荷物置き場を確保。横の人との間隔は狭いので、頭と足を互い違いに反転させる形で横たわった。
講師から、目覚まし鳴らせる人いる?と問われたので、自分のケイタイで鳴らせる旨、申告。起床時刻は午前3時だ。威勢よいサウンドワーグナーワルキューレをセットした。
自分が持っていったシュラフモンベル#3だったが、まったく寒さを感じることなかった。春の気候で寒さが緩んできていることと、人数が居ることで互いの体温が効いているのだろう。風もなく穏やかな夜で、快適に寝ることができた。