7年ぶりの北アルプス登山を振り返って
スケジュール
今年2025年は7年ぶりに北アルプスの夏山山行を再開した。過去最後に北アルプス山行をしたのは2018年10月6日~8日だった。今回はすべて小屋泊で、下記の5回、山行している。
- 8月2日(土)~8月5日(火)、3泊(わさび平・鏡平・鏡平)4日、装備13.4kg
- 8月16日(土)~8月19日(火)、3泊(わさび平・鏡平・鏡平)4日、装備14.7kg
- 8月30日(土)~9月1日(月)、2泊(わさび平・鏡平)3日、装備14.3kg
- 9月20日(土)~9月24日(水)、4泊(わさび平・鏡平・鏡平~秩父平・鏡平)5日、装備15.5kg
- 10月2日(木)~10月7日(火)、5泊(わさび平・鏡平・鏡平・鏡平~秩父平・鏡平)6日、装備16.7kg
過去の経験から、複数日を費やす山行の場合、下山後は次の山行まで最低10日間のブランクを置かないと、体力の完全回復は望めない。仕事の見合いを取りながら、これに沿って5回の山行スケジュールを組んだ。カラダがしっかりでてきていれば、山行間隔はもっと短くできるだろうけども、鈍ったカラダは少しずつ鍛えないと無理が出てしまう。
山行ルート
今回、ブランク期間が長く体力や装備の不安から、目的地はすべて何度も通い慣れた鏡平とし、トレーニング山行の位置付けとした。自宅から新穂高までは夜行バスを使わず昼間の高速バスで移動し、わさび平に宿泊、翌日に小池新道を登り鏡平で宿泊。翌々日以降は回を重ねるたびに負荷を上げる形を採った。
最初の2回は、鏡平まで登った後、翌日は休憩日とし、翌々日に新穂高へ下山とする4日間。3回目は、休憩日を採らず3日間。そして4回目は鏡平から弓折岳を越えて秩父平までの往復を加えた5日間。最後の5回目は同じく秩父平まで往復するルートで、天候見合いの停滞を含む6日間とした。
今年の小池新道は、8月7日に集中豪雨で秩父沢の架橋が流され、続く8月10日から12日にも再び集中豪雨で架橋が流されている。また、7月始めも左俣林道が土砂崩れの通行止め状態で、小屋開けが危ぶまれた。温暖化の影響で自然の猛威が強まっている。いっそう山行に支障を来す事態も考えなければならない。今回そうしたトラブルには遭わず運が良かった。
また、今年は人慣れしたクマによる危険も高まったが、幸い、クマと遭遇することもなかった。

4回目・5回目のコースタイムを見ると、鏡平から秩父平までの往復は5時間30分。秩父平で折り返さずそのまま笠ヶ岳まで行けば4時間20分なので、そのほうが短い。写真撮影という目的でなければ、鏡平から秩父平まで往復なんて、まず採らない行動計画だろう。一般の登山者は素早く通り過ぎてしまうルートだが、じっくり眺めれば実に素敵な景色が広がっている。もったいないと思う。
これは2018年に撮った写真だけども、大ノマ岳から標高2,600メートルの秩父平へのルートは、標高2,300メートルの鏡平からよく見える。大ノマジャンダルム(勝手に命名)には登頂ルートもあるので、ゆっくり歩く山行に人気が出て欲しい。ただし、逃げ場のない稜線歩きなので、天候判断は大切だ。原則、午前中に行動を完了することが望ましい、と言いつつ1日がかりの撮影山行をしているのだが。

体調管理
1回目の8月2日からの山行は、とにかく辛かった。体力づくりを怠っての7年間、コロナ禍での外出自粛も堪えたと思う。電車通勤をほとんどせず、在宅リモートワークが主体の仕事になったことも、体力減退に拍車がかかった。筋力不足は割と早く補えると感じたが、心肺能力は簡単に補えない。足を速めるとすぐ息が上がってしまう。ランニングマシンや平地のマラソンではトレーニング効果も少ないので、低山ハイクをじっくり繰り返したい。
そして何より堪えたのは、夏の暑さだ。7年前とはまったく違う。下界の最高気温が40℃超えする状況では、標高2,000メートルまで登っても30℃。直射日光下の体感温度は35℃近い。登山に快適な理想気温は18℃くらいだから、体力が思い切り削られても仕方ないのではあるが、来年の夏山山行は徹底した暑さ対策を考えたい。

8月30日からの山行では、実証実験として空調服(セフト研究所)から販売されている簡易型の空冷ファンKRKS01をザックに装着してみた。空調服のような上半身全体を覆うものではなく、ザックの背面のみに気流を通し、背中から腰のベタつきを軽減する。空調リュックCOOL PACKという名称で、用途には夏場の登山、サイクリング、通勤、通学などが想定されている。
明らかに涼しくなったというほどの効果はないが、体幹熱を下げる効果は大きいと思う。暑さで頭がもうろうとする感覚は明らかに抑えられる。目的地までの距離感も2割ほど短くなった気分で、これはとても良い。ただし、背中にかく汗が減る分、顔や手足にかく汗は激増な気がする。休憩中もザックを下ろしたいとは思わなくなるので、休憩時間の短縮にもなる。体幹のクールダウンの必要が薄れる分、食事などで大休止すると汗冷えの恐れがあるので、上着を羽織ることも必要だ。
この製品はファン速が二段階で変えられ、単三エネループ電池4本を使うと、「弱」で44時間、「強」で8.5時間動作する。別売リチウムイオン電池を使うとファン速が4段階になり、最大風量も倍近くまで増えるようだ。実のところ、単3電池の「強」設定でもファンの音は気になるレベルで、静寂な山岳地では躊躇してしまう。
実は2018年5月に購入していたのだが、取り付けベルトの長さからザックの大きさに制限があり、使う機会がないまま忘却していた。今回、35リットル級のザックでの山行だったので、使うことができた。現在販売されているのは後継製品KRKS02に変わっていて、取り付け可能なザック外周が75cmほどから105cmまで広がっている。60リットル級のザックにも使えたら、とても助かると思う。

4回目の9月20日からの山行で、ようやく登山体力の回復を実感した。
5回目の10月2日からの山行では、2日目からカラダがだるくなり、鼻水がずるずる出る状態の風邪気味に陥った。幸い咳は出なかったが、行動中はすぐ息が上がってしまう。雨天停滞でカラダを休められたのは助かった。
装備の劣化・更新
ザック
1回目から4回目までは35リットルザックのグレコリーZ35を担いだ。背面の劣化が目立つが何とか使えている。2011年に購入したザックなのでもう14年経っている。

ただ、このZ35は、軽量特化のザックなので装備重量が15kgほどになると、腰回りを締めてもショルダーベルトの食い込みが辛い。
そのため最後の5回目の山行では、55リットルのZ55にしてみた。パッキング途中で気付いたのだが、天蓋や背面のファスナーが経年劣化でザック生地から剥がれている。仕方ないので修復テープで応急処置し、ファスナーで閉めるポケットは何も入れないことにした。

別に60リットルのグレゴリー・パルトロ60も持っているが、買って7年経ったら生地のコーティングがベトベトして使えない。ウレタンの加水分解だろうか?
登山靴
1回目の8月2日からの山行では、さっそくソール剥がれに遭ってしまった。鏡平までの登りまでは持っていたが、鏡平からの下りで剥がれ出し、スパッツのベルト締めでソールを留め、だましだましに下山した。自宅からの出発前には念入りにチェックしていたが、これも7年前からそのままなので加水分解して文句は言えない。
その後、代わりの靴として軽量のALTRA TIMP HIKER GTXという靴を購入。2回目以降の山行はこの靴で登った。店頭に付いていたタグによると富士登山に最適な靴らしいが、小池新道の石畳にはクッションが効いてショックが和らぎ、グリップも良好で相性良い。ナイロンベースなので汗抜けもそこそこ良い。ただし耐久性は芳しくない。その後の4回の山行でもう劣化が目立つ。富士登山を意地悪く解釈すれば一回登れば十分な程度の耐久性ということだろうか。その割には2万5000円以上したのでコスパは悪い。
なお、鏡平山荘ではスニーカーも販売されている。山荘でソール剥がれに気付いた場合は、これを購入する手もある。
ラジオ
娯楽手段はもちろん、近頃心配なクマ避けや雷検知にもスピーカー付きラジオは有用だ。
今回、山用ラジオとして、写真左側のETEKESS V115を3,480円で購入してみた。オーディオや無線系のYouTubeチャンネル宮甚商店さんで紹介されていた案件動画から知ったのだが、なかなか良くできている。以前から使っていた写真右側のSONY ICF-B50と比べても小さく軽く、感度も音質も良い。

SONY の方は日本製、電池込み300グラム、アナログ操作でチューニングもボリュームもダイヤル式で使いやすく、防塵防滴、電源も乾電池とリチウムの2方式対応。非常用ライトも備えた防災ラジオの位置付けだが、15年ほど前に製造終了している。音質は良くも悪くもラジオらしく、人の声の明瞭度が良い反面、音楽には帯域の狭さを感じる。
ETEKESSの方は中国製、充電池込み160グラム、デジタル操作で押しボタン式。電源はリチウム充電で、USB-C端子からは充電と共に音声デバイスとしてスピーカーを鳴らすこともできる。驚くことにデジタルアンプなのか3W出力で結構大きな音が出せる。マイクロSDカードからMP3ファイルの再生もできるので、警告音を入れればクマ避けにも使えそうだ。4.75〜21.85MHzの短波帯も受信できるが、BFOは無いのでSSBは復調できない。そこそこ広帯域な音なので、音楽を聴くのも悪くない。リチウム充電池も汎用品BL-5Cなので、予備品も入手しやすい。防塵防滴性はないのでテント泊ではジップロックなどに入れるべきか。
通信環境
昨年からStarLinkを活用した山小屋WiFiが開通し、以前とは別次元の通信環境が実現している。

現状、対応するのはスマホ・タブレットのみだ。PCでも使えたらワーケーションでの仕事ができるのだけども、まだ無理だ。
鏡平山荘では、ケータイはソフトバンクが最も強く入感する。槍平小屋に設置された基地局から入感しているらしく、槍平小屋の小屋明けから小屋締めまでの期間に限ってつながるらしい。鏡平山荘はソフトバンクWiFiも利用できる。auは場所の良し悪しでまずまずな入感だが、山小屋WiFiを無料で利用できるのは大きなメリット。StarLinkダイレクトなので通信速度もかなり速いはずだ。ただし、auのpovoプランでは山小屋WiFi利用は別料金になる。辛いのはdocomo。入感場所が極めて限定される上に、つながっても登山者の利用が多い時間帯はパケ詰まりで使い物にならない。

なお今回、鏡平山荘からの情報発信は、双六グループ公式Webのほか、公式YouTubeチャンネルで発信されるショート動画も非常に有用だった。欲言えば、好天のときに限らず、毎日の情報発信をいただけるととても助かる。忙しい中から空き時間を見つけて対応いただいているのは承知ではあるが、荒天も含めて日々の変化が本当に知りたいのだ。また、山荘スタッフのたーなーさんのX(Twitter)も貴重な情報で助かった。
写真撮影
トレーニング山行と割り切ったものの、10月6日(月)は奇跡をモノにする大きな成果だった。地形と風を読んで駆け抜けながら、刻々と変化する雲を追い、差し込む光を捉える。10分後、1時間後、半日後と未来の景色を読む能力で、長年この地を追ってきた経験が生きた。これぞ写真家冥利に尽きる。

小屋番の方の話では、過去10年以内にこれほどの紅葉は見たことがなかったとのこと。特に稜線近くのナナカマドやダケカンバが枯れ落ちずに染まったのが見事だった。敢えて不満を言えば、ナナカマドが結実していなかったことだ。実が育たなかった分、樹勢が強く紅葉の耐久力にまわったのかも知れないのだが。

注意が要るのは、夕映え撮影のタイミングだ。山荘の夕食時刻は1回目が17時、2回目が18時。9月後半になると宿泊者が減って1回目のみになる。対して日没の時刻は、夏至が一番遅く19時過ぎ、そこから日が進むごとに早くなっていく。8月15日は18時30分頃、9月1日は18時15分頃、9月15日は17時50分頃、10月1日になると17時30分頃だ。以前は重ならないよう食事時刻の融通が利いたが、今は山荘も余裕が無いようで、迷惑をかけないよう食事を済ませなければならない。
マジックアワーばかり狙うのは稚拙で浅はかだが、絶好のタイミングを無視するわけにもいかないのだ。
いよいよ紅葉の最盛期
10/2(木)1日目 出発~わさび平小屋
早朝に自宅を出て新宿から8:15発の高速バスで平湯温泉に向かう。
12:50平湯温泉に到着。13:50路線バスに乗れ、新穂高温泉に14:20到着。
気温が下がって歩きやすくなったが、防寒装備が増えた分、背負う重さは16.7kgに増えた。

13:30出発し、15:40わさび平小屋に到着。この時期になると人も減ってきた。水槽に浮かぶ野菜や果物も少ない。

10/3(金)2日目 わさび平小屋~鏡平山荘
わさび平小屋で朝食を摂り、7:00出発。登り始めたらカラダが重い。しかも鼻水がズルズル垂れ始めた。わさび平小屋の入浴で湯冷めしたのか風邪気味のようだ。咳はないが困ったものである。
歩くペースを落とし何度も休憩を取りつつ、鏡平山荘に14:00到着。
鏡池ではナナカマドが真紅に染まっているが、ダケカンバはまだ少し早い。撮影はそこそこに、夕食までカイコ棚で仮眠を採る。

夕食後に外を見ると、西鎌尾根に滝雲がかかっていた。黄昏の赤みがなくとも、これはエモい。

10/4(土)3日目 鏡平山荘
雨天で停滞。同じく停滞されていた全日本山岳写真協会会員のK氏と濃い写真談義。山荘の本棚には小池潜さんなどの写真集が多数ある。この作品はいつどこで何を考えどう撮ったのか?など、写真仲間との対話から改めて気付かされることも多い。
ラジオを聴きながら山荘で1日過ごす。

鏡平山荘では、79.7MHzのFM長野がよく入感した。夜間になると84.0MHzのNHK-FM長野(美ヶ原)も入感する。わさび平小屋ではFMはまったく入感せず、中波と短波が頼りになる。
お昼はかき揚げうどんをいただいた。
寒いのでホットワインをいただきたかったが、売り切れとのことでカップワインをいただいた。

昼頃の天気予報では、明日には回復しそうだったが、夕方の天気予報では明日も雨に変わった。憂鬱な気分だ。
10/5(日)4日目 鏡平山荘
引き続き雨天で停滞。
山荘の入口にはBSデータ放送の天気予報が常時表示されているが、刻々と予報が変わり、出発すべきか判断を迷う人たちが画面じっくり眺めていた。スマホで予想天気図を見ると、停滞前線が南下するかどうかで判断を悩ましているようだ。雨雲レーダーには集中豪雨っぽい塊は見えないので、双六小屋への登りや新穂高への下りは問題なさそうだ。三俣山荘に向かいたいという方から相談されたので、弓折岳分岐点まで上がってみて危なそうなら引き返す、大丈夫そうなら双六まで行く。その先は双六小屋で状況を聞いた上で、行けそうなら巻道ルートで三俣山荘に向かう。以上の行動判断を勧めた。笠ヶ岳に向かうという方には、逃げ場のない稜線歩きが長く続くのでお勧めできないとお話しした。最悪、雷雲に巻かれたら命の危険もある。
問題は翌日の天候がどうなるのか?だ。これまた時間帯によって予報が動く。さすがに何日も停滞していると出費がかさむし、仕事も心配になる。明日もダメなら停滞せずに下山かなあ。

天候不順でヘリが飛ばず、小屋締めも近づいているので、歩荷さんが食材などを少しずつ荷揚げしている。歩荷さんたちとも顔馴染みになっている。
お昼は味噌ラーメンをいただいた。何となくカレーライスや牛丼はあまり食べたいと思わなかった。
午後は行動食で持ってきた魚肉ソーセージをつまみに熱燗をいただいた。

夕食を済ませ、就寝後の午前1時頃、目が覚めたので山荘の外に出てみた。嬉しいことに星空が見える。明日は大丈夫そうだ。
10/6(月)5日目 鏡平山荘~秩父平往復
山荘周辺のガスが切れ、日差しが出てきたので、7:00に出発。
濃い写真談義を交わしていたK氏は、今日は鏡池中心で撮影し、その後下山されるという。良い成果を祈る。

弓折中段から飛騨側を眺めると、紅葉の向こうに新穂高方面の雲海が広がっている。十年以上夢見ていた場面、これが撮れたのは嬉しい。

弓折岳分岐点でもナナカマドが赤く染まっている。ここは風が抜ける場所で、例年なら染まる前に枯れてしまう場所だ。反面、結実していないので、枯れ枝に赤い実の映える姿は見られない。

大ノマ岳も紅葉最盛期。この中腹には勝手に大ノマ平と呼んでいる窪地があり、池塘を含む独特な植生のポイントがある。今年の写真展ではそこの上部から空を展望する場面を出品したので、ここには思い出深い。

大ノマ岳の南方稜線にあるヤセ尾根のザレ場は、前回すごく怖かったのだが、今回はそれほどでもない。慣れというか昔の感覚が戻ってきた。
南方稜線から見た秩父岩は大迫力だ。多くの人が歩く縦走路途中なのに、この景色は意外と知られていない。ガスに巻かれて視界の効かないことが多く、写真家的には誠に打率の悪いスポットなのだ。

11:30頃、秩父平に到着。紅葉終盤だった。一週間早くここに来ていたら良かったと思うが、タイミングはなかなか難しい。

秩父平で昼食。標高2,600メートル黄葉の絶景を眺めながら鏡平山荘の弁当を食べた。この地では清涼な空気もごちそうの一部だ。

13時頃、ガスに包まれて撮影できなくなったため、秩父平から鏡平へ帰り始める。
大ノマ岳の南方稜線から振り返ると、幻想的な秩父岩が見えた。

大ノマ岳の南方稜線には、チングルマの群生地がある。この時期は綿毛と草紅葉が急斜面に広がっている。危険な急斜面なので足を踏み入れることはできないのだが。ここにライチョウでも居てくれたら画になるのだけど、そうは都合よくいかない。

双六谷も黄葉最盛期。下から上まで起毛絨毯のように広がっている。例年はもっとムラがあるものだ。もしもカラダが二つあったら双六訪問にも行きたかったところだ。

弓折岳分岐点から降りる途中、西鎌尾根には滝雲がかかっていた。天候の変わり目ならではの絶景。

16:30鏡平山荘に到着。滝雲の夕映えは雲がダボっとして美しくない。

17:00からの夕食は、特別なメニューになった。鶏唐揚げ、豚茄子煮、カレイ煮付けが並んでいる。もともと連泊メニューは特別で、1泊目はコロッケと焼売と春巻、2泊目はカレイ煮付けと唐揚げと肉詰めがんもどき、3泊目はサバ味噌と唐揚げと煮豆。ちょっとずつ変えていただいているのだけども、4泊目の豚茄子煮は別格に美味しく満足感があった。

19時からは撮影成功の祝杯気分でナッツと角ハイボールをいただいた。カメラのプレビューで昼間に撮った写真を確認しながら、帰宅後の各カットRAW現像パラメーターを考えるのが楽しい。

10/7(火)7日目 鏡平山荘~新穂高下山
天候は薄曇りだが、槍ヶ岳の稜線は雲で覆われている。槍は見えなくとも、これはこれでドラマチックだ。

今期の最終日なので、下山前にオリジナルTシャツを購入。THE NORTHFACE鏡平・半袖のLサイズだ。

できればLLサイズが欲しいのと通販の希望も伝えたところ、今は残念ながら事務所が手一杯で難しいとのこと。

9:30に下山開始。シシウドが原のナナカマドも赤く染まっている。時間があれば少し登って撮りたいところだが、大ノマ乗越への旧道は消えかけていて藪漕ぎが厳しそうだ。

12時頃、わさび平小屋に到着し、そうめんをいただく。
新穂高へ無事に下山。路面には落ち葉が散乱しているが、木々が紅葉するのは二週間以上経ってからだろう。ゲートには、夏は無かったクマ注意のプレートが追加されている。来年もクマ被害は多発するのだろうか。

紅葉シーズン前哨戦
9/20(土)1日目 出発~わさび平小屋
早朝に自宅を出て新宿から8:15発の高速バスで平湯温泉に向かう。
13:46平湯温泉に到着。都合良く13:50路線バスに乗れ、新穂高温泉に14:30到着。

小雨がバラついているが、レインウェアを着るほどではない。14:40新穂高を出発し、銀傘をさして林道を歩く。
16時にわさび平小屋へ到着。

9/21(日)2日目 わさび平小屋~鏡平山荘
わさび平小屋で朝食を摂り、7:40出発。夜に降った豪雨で、小池新道入口の左俣川は泥濁りしている。

登り口には泥が溜まっている。

石畳涸れ沢では、橋が外れて岸にワイヤーで乗り上げている。

登っていくと多くの人がドロドロの登山道に苦慮している。スパッツはこういうときこそ付けたいものだよね。

秩父小沢付近も水で溢れている。水にじゃばじゃばと足を入れて歩く。ゴアテックスのハイカット靴の有難味さ。

12:50に鏡平山荘へ到着。泥道でも暑さが収まっているので、そこそこの時間でここまで登れた。泥道なので撮影ロケハンに時間を割かなかったことも、脚を速めた理由のひとつ。
鏡池の黄葉も始まっている。

気温が下がっているので中綿入りのジャケットを着込んで夕食を採る。次回はパンツも中綿入りを持ってこよう。
9/22(月)3日目 鏡平山荘~秩父平往復
鏡平山荘で朝食を済ませ、6:30に出発。放射冷却で山荘前のベンチには霜が降りている。

今年初めて弓折岳分岐点まで登る。槍ヶ岳がよく見える。

弓折岳の山頂から双六岳方面を眺めると秋雲が広がっている。

ものすごく久しぶりの稜線歩き。昔の記憶を辿りながら、弓折岳の南方稜線を下り、大ノマ乗越を通過して、大ノマ岳を登り、秩父平へ向かう。300メートルほどの標高差を繰り返し昇り降りするので、筋力だけでなく心肺にも負担がかかる。でも、撮影には楽しい場所が多く、時間配分が悩ましい。
弓折岳南方稜線の道には薄暗く湿った樹林の梯子を降りる場所があり、ちょっと気味悪い。カラダのバランスをとるためハイマツの枝を掴んで手に付く松脂も不快なものだ。
奥飛騨側に出る箇所では、乗鞍岳と焼岳もよく見える。ここからの眺めを3年前の写真展に出品したことを思い出す。また来ることが出来て嬉しい。

大ノマ乗越からシシウドが原へ降りる旧道(廃道)は、以前よりも道筋が薄れている。集中豪雨の影響もあったのだろう。来年は藪漕ぎ覚悟でまた旧道を歩いてみたい。
大ノマ岳の南方稜線はヤセ尾根のザレ場で、すごく怖い。ズルッと滑ったら、1,000メートル以上落ちるので、確実に命は無いだろう。登山道整備もあまり入っていないからか、昔よりも荒れたように見える。
11時頃、秩父平に着くと日暈が出ている。天候が崩れるサインだが、天気図や雨雲レーダーを見る限り、午後も天候は持つものと判断した。

標高2,600メートルのカール地形、秩父平にはすっかり染まったナナカマドもある。この早染まりの株の位置は、昔の記憶通り変わっていない。恐らく過去何百年もずっとこのままだったのだろう。造園師が刈り入れしなくても、毎年、積雪が凍って圧し掛かり枝を刈り取っていく。無駄に大きくなることなく、極限環境に生き残ってきた木々たちだ。

昼食に鏡平山荘の弁当を食べる。沢山のおかずにタルタルソースが嬉しい。ご飯にはおおかと海苔が敷き詰められているのだが、この海苔が上質な厚口で箸で簡単に割けない。行動食的には少しずつ分けて食べたいので、海苔には切り込みを入れてほしい。

秩父平を俯瞰すると、紅葉はぽつりぽつりと存在している。最盛期は1週間ほど後か。

ひととおり撮影を済ませたところでガスに包まれ撮れなくなった。ほぼ風と雲の読み通りだ。12:30頃、秩父平を離れ鏡平に向けて引き返す。

帰り道はすっかりガスの中だ。弓折岳でライチョウを見た。写真には撮れていないが、子供2羽を連れた母親だった。カメラでライチョウを追い回す登山者も居たが、この付近に現れるライチョウは登山者あしらいも上手い。まあ、上空から猛禽類に狙われるリスクが減るので、ほどほどに人と付き合って生きるすべを知っている。

16:50に鏡平山荘へ到着。17時からの夕食に何とか間に合った。
9/23(火)4日目 鏡平
鏡平に丸一日滞在。今日は弓折乗越へは登らず疲労回復に努め、小屋周辺で過ごすことにした。
気温は前日より暖かいようで、山荘前のベンチに霜は降りていない。
西鎌尾根に滝雲がかかっている。太平洋側に二つの台風が来ているせいで、風が渦巻いている。

その後は雲が増え、槍ヶ岳も隠れてしまった。
鏡池には鴨が来て泳いている。魚のいない池なので餌が無いためか、すぐに飛んで行ってしまった。
お昼は味噌ラーメンをいただいた。
午後は同じく停滞されていた旧知の日本山岳写真協会会員M氏と濃い写真談義。
停滞中なのでスマホなどのバッテリーをじっくり充電できる。山荘のコンセント使用は許されているし、充電器の貸し出しもされている。ただし、モバイルバッテリーの充電は禁止だ。

夕映えは一瞬、雲の中から槍の穂先が現れた。池の周囲に集まっている人たちから歓声が上がる。みんな槍が好きだよね。

9/24(水)5日目 鏡平~新穂高下山
天候は薄曇り。鏡池のナナカマドも色付きが進んできた。

鏡池周辺で撮影をしていると、槍の穂先にまるでビーム発射のような飛行機雲が現れた。そして、何機もの飛行機によりいくつもの飛行機雲が落書きのように描かれてしまった。遠くて機体はよく見えないが、松本空港から離陸した航空自衛隊の訓練飛行だろうか。一緒に撮影をしていたM氏も困り顔。もうこれでは撮影できない。気を取り直し、山荘に戻ってコーヒーをいただいた。

9:30に下山開始。体調が良いので、下山速度を上げてみる。
10:30に秩父小沢に到着。ジャスト1時間! 水が旨い。

11:30にわさび平小屋へ到着。今回も名物のそうめんをいただいた後、無事に新穂高に下山。

9月に入っても酷暑
8/30(土)1日目 出発~わさび平小屋
今年の山行も三回目。
早朝に自宅を出て新宿から8:15発の高速バスで平湯温泉に向かう。
中央道高速の渋滞でバスが遅れ15:50平湯温泉に到着。わさび平小屋を予約しているが、夕食時刻には間に合わなそうなので、電話で夕食不要と伝えた。平湯バスターミナルの売店で夕食代わりのおにぎりやパンを買う。
路線バスで新穂高温泉に17:30到着。
17:50新穂高を出発し、19時にわさび平小屋へ到着。
8/31(日)2日目 わさび平小屋~鏡平山荘
わさび平小屋で朝食を摂り、7:40出発。
晴天で直射日光が強く、むちゃくちゃに暑い。

銀傘で日差しを遮りながら、休み休み登る。写真映えはするが、カラダはくたくた。
結局、鏡平に着いたのは前回と同じ16時頃。

夕映え撮影は、稜線が雲に覆われ叶わず。

9/1(月)3日目 鏡平~新穂高下山
今回は停滞日を作らず翌日下山の計画。前回ほどの筋肉痛は残っていないので、そのまま下山して問題ないと判断した。
朝食の後、コーヒーをいただく。コーヒーは二種類ある。季節のブレンドコーヒーは鏡平オリジナルブレンドで、おそらく大澤前支配人の調合を引き継いだものだろう。キリッとした苦味寄りでまさに鏡平の静寂・幽玄にぴったりくる。あすなろコーヒーは飛騨神岡の名店ブレンド。こちらは酸味寄りで優しい味。両方飲み比べて、自分の好みは季節のブレンドコーヒーだった。

ブレンドコーヒーは、山荘のバックヤードで丁寧に手焙煎されている。不味いはずがない。(以前に沢登り講習会で指導いただいたY先生に写真をいただきました)

酷暑の大汗に備え、山荘前の自販機で600円のポカリスエットを購入。缶ビールが700円なのと比べても高額に感じるが、ここまでの運搬コストが乗っているので仕方ない。

朝は槍ヶ岳に雲がかかり、不思議な風景が広がった。この後、穂先に雲が絡みつき、雲自身は山岳波の気流で複雑なクラゲ雲に変わっていった。

鏡池には昔は居なかったトンボが来ている。やぶ蚊など食べてくれたら嬉しい。ルリボシヤンマと思われる大型のトンボも巡回していて、温暖化の影響がここにも現れている。

撮影を終えて9:30より下山を開始。秋の空気に入れ替わったためか、昨日ほどは暑くなく穏やかで快適な下山日和。
12:30にわさび平小屋に到着。名物のそうめんをいただいた後、無事に新穂高に下山。
お盆の登山
8/16(土)1日目 出発~わさび平小屋
早朝に自宅を出て新宿から8:15発の高速バスで平湯温泉に向かう。
13:15平湯温泉に到着。タイミング良く路線バスにすぐ乗れ、新穂高温泉に14:15到着。
14:40新穂高を出発し、15:50にわさび平小屋へ到着。

早めに着いたので、夕食前に入浴。
8/17(日)2日目 わさび平~鏡平
わさび平小屋で朝食を摂り、6:40出発。
曇り空で日光はそれほど強くないが、湿度が高くムシムシする。30℃超えそうな暑さで風がなく汗がまったく乾かない。不快指数MAXだ。
9:40頃ヘトヘトになりながら秩父沢出合いまで来ると、架橋位置が変わっていた。8月12日の豪雨で橋が流され川岸も崩れたため、50メートルほど高巻きで付け替えたとのこと。

上記の写真で左端に立っている標識位置が以前の架橋位置、右の休憩中グループの奥に現在の橋が見える。高巻き位置までは急ごしらえで登山道を延長されたようで、足場はあまり良くない。
シシウドが原まで登ると、ベンチに高山蝶が止まっていた。登山者の汗に残る塩分を吸っているのだろうか。

16時頃、鏡平山荘に到着。途中で1時間ほどの昼食休憩と2時間ほどの昼寝を取ってはいるが、コースタイム通りなら11時には着いている計算なので、予定調和ながらあまりに遅い。行動時間が長いこともあって、塩飴舐めながら飲み干した水分はハイドレーション2.5リットル、秩父小沢0.5リットル、ポカリスエット0.5リットルで、合計3.5リットルだ。
汗濡れでベトベトの服を脱いで乾燥室に吊るす。着替えたおかげですっきりしたが、辺りはガスガスでやはり夕映えは見えない。
夜が更けて消灯直前、ウェストバッグに入れていたヘッデンが無いことに気付いた。前夜のわさび平泊では使ったので、わさび平小屋に電話で問い合わせてみたが、該当する忘れ物は無かったとのこと。小池新道入口付近でウェストバッグの中身を整理したので、きっとそのときに落としてしまったのだろう。バックアップにペンライトも持っていたので、とりあえず山荘内で支障はないが、お気に入りのペツル・ティッカだったので無くしたのは悔しい。
特に今夜は明かりが必須。お盆の夜は不思議なことが起こる(かも知れない)。
もう20年近く前のことを思い出した。鏡池で槍穂高の稜線を眺めていた。日が沈んで辺りが暗くなり始めると、大キレットにぽつんと小さな灯りが見えてきた。一緒に見ていた周りの人たちも不審に思ったらしく、こんな時間にヘッデン付けて登ってるなんて…、などと口々に言われていた。その灯りは大キレットの稜線を北穂に向けて登っているらしく、ゆっくり動いているように見えたのだが、突然、ふわりと空に飛び立ったのだ! その瞬間、周りの人たちのざわめきは、凍り付いたかのように沈黙した。何人もの人が同時にその光景を目撃したと理解した。
その数年後に鏡平山荘でこの話をしたら、当時客室係だった加藤さんから問われた。「それはお盆のときだったんじゃないですか?」「えっ、そうです、夏のお盆のときです、これ話しましたっけ?」「いや、珍しくないんですよ、お盆の頃は…」。加藤さん曰く、槍の穂先は墓標なのだという。だから四方八方から、得体の知れない何モノかが集まってくるのだ。
8/18(月)3日目 鏡平
鏡平に丸一日滞在。今回も弓折乗越へは登らず疲労回復に努め、小屋周辺で過ごすことにした。

朝食後の休憩中、ふと腕時計を見ると、バンドに汗塩が溜まっている。前日の酷暑の登りが壮絶で、すごいことになっている。

午前の鏡池には秋の前哨のような良い雲がかかっていた。絶好のシャッターチャンスだ。

鏡池左岸のダケカンバとナナカマドを見ると、酷暑の割に多雨のためか樹勢が強い。秋の黄葉・紅葉には期待できそうだ。しかし、ナナカマドの実が成っていないのは気になる。花の時期に来ていないので分からないが、恐らく、花は咲いていたのに受粉する虫が居なかったのではないか?
昼食にはかき揚げうどんを食べた。かき揚げの下には富山の赤巻きがあって、これは飛騨人にとって嬉しい。

午後はクリームソーダやかき氷をいただきながら、ゆったりした時を過ごす。



夕刻には雲が抜け、夕映えが見えた。

8/19(火)4日目 鏡平~新穂高下山
天候は朝から晴れ。鏡池周辺で撮影を行った後、8:30に下山開始。

12時頃、わさび平小屋に到着。ドリンクの詰まった水槽を見ると、のどを潤したい欲求が高まるが、ぐっと我慢。

名物のそうめんをいただいた後、小屋を後にし荷揚げ場付近を歩いていると、わさび平小屋の中井前支配人にお会いした。現在は高山の双六グループ事務所で荷揚げ手配など働かれているとのこと。やっと来ることができましたとご挨拶し、近況報告などをした。
左俣林道を下り、無事に新穂高へ下山。
超久しぶりに鏡平へ
8/2(土)1日目 出発~わさび平小屋
8月2日(土)、早朝に自宅を出て新宿から8:15発の高速バスで平湯温泉に向かう。
13:40頃、平湯温泉に到着。バスセンターには、クマ撃退スプレー持ち込み禁止の注意書きが出ている。確かに車内で暴発してしまうと大変なことになるが、奥飛騨でクマ撃退スプレー禁止は困る人も多いのではないか?
路線バスで新穂高温泉に16:20に到着。
登山口に立つと、奥飛騨独特な夏草の匂いが懐かしい。早速歩き出すと、すぐに息が上がりハアハアしてしまう。左俣林道は、最初のつづら折りの傾斜が一番きつい。腹式呼吸を思い出し息を整えながら、歩くペースを落とす。
18:00頃、汗だくでわさび平小屋に到着し、宿泊手続き。19時からの夕食は岩魚の塩焼がまた懐かしい。味噌汁の実も子供の頃によく食べた玉ねぎで飛騨食そのもの。


わさび平小屋は20:30まで入浴ができる。林道歩きの汗を流せるのが嬉しい。登山道と林道歩きでは汗の性質が違うので、入浴してリセットだ。
風呂上がりに小屋の外に出てみる。空を見上げると、満点の星空。都会では見えない数の星。ようやく飛騨の山に来られた喜びをひしひしと感じる。
消灯は21:00。小屋は満員状態で暑い。何人ものイビキが騒がしく、なかなか眠れなかった。
8/3(日)2日目 わさび平小屋~鏡平山荘
5:30から朝食を摂る。富山の赤巻き、こも豆腐は飛騨のソウルフードだ。味噌汁の実は巻き麩と大根の細切り。これらも子供の頃に食べ慣れている。

食事を終えてトイレへの行こうにも、満員状態でなかなか開かない。人が引いたころにようやくトイレを済ませた。
7:00頃出発。装備重量は水3リットルを含めて13.4kg。日除け止めを塗った後、虫よけスプレーを忘れてしまったことに気付いた。
小池新道入口にある立ち枯れの木、何もかも懐かしい。

登山道はとにかく暑い。休み休み登り、9時半頃にようやく秩父沢に到着。コースタイム1時間半に2時間半費やした。もっとも、夕食までに鏡平山荘に着けば良いので、撮影ロケハンをしながら小池新道を楽しめるだけ楽しむ感覚、急ぐ気持ちはさらさら無い。

秩父小沢で大休止。わさび平小屋の弁当に入っている稲荷をひとつ食べる。後から気付いたが、ここでブヨに食われてしまった。虫よけスプレーを忘れたのが恨めしい。弁当は稲荷ずしが三つ入っていて、行動食的に秩父小沢、イタドリが原、シシウドが原の三か所でひとつずつ食べ分けられるのがありがたい。

イタドリが原上部では土砂崩れがあちこちで発生し、サンカヨウなどの植生地はガレ場に変わっていた。
シシウドが原までは撮影ロケハンをしながら登ったが、あまりの暑さなのか高山植物は目立つものがない。姿の大きいコバイケイソウ、キヌガサソウ、シシウドなどはまったく見られない。植生の匂いも過去の記憶より薄い。イタドリが原の大岩の上でごろんと横になり、日除けの銀傘を顔の上に立て、快適な昼寝。

遅れに遅れ、シシウドが原には16:30頃到着。鏡平山荘に到着予定を18時と電話で連絡した。
17:40、くたくたになって鏡平山荘に到着。夕食は懐かしいコロッケ。以前と同じ冷や麦も付いている。違うのはデザートのチーズケーキか。赤い塗り箸は、飛騨高山の春慶塗りだ。丈夫なうるしとは言え、毎日の配膳で剥げてくれば交換しているはず。決して安くないはずだが、先代オーナーの小池潜さんからのこだわりだと思う。

部屋に戻って蚕棚に横たわると、堅い敷布団が堪える。マットレスが欲しい。
8/4(月)3日目 鏡平山荘
この日は鏡平に丸一日滞在。全身筋肉痛で弓折乗越へは登らず、小屋周辺で過ごすことにした。朝食も懐かしい。

午前中は湿気が多く曇り空で冴えない。稜線は見えない。

山荘の設備でありがたいのが、コロナ対策で設置された手拭きのハンドペーパーとごみ箱の設置だ。ごみ箱は非接触で手を近付ければ蓋が開く仕組みになっている。蓋の動きがちょっと可愛い。

昼食は味噌ラーメンを食べた。乗っている刻み野菜が旨い。

軽食メニューは以前に比べ少なくなっているし、価格も上昇。諸経費上昇と感染対策での収容人数縮小などもあり、厳しいようだ。

味噌ラーメンの麺を食べた後、残ったスープとともに行動食のランチパックを食べる。標高2,300メートルの気圧差で包みはパンバンに膨れている。

午後になってようやく槍の穂先が見えてきた。夏雲の形が緩く、写真にはぱっとしない。

鏡池ではカエルがゲロゲロ鳴いている。カエルは10年ほど前から居た記憶だが、温暖化の影響か元気が良い。
一通り撮影を終え、山荘に戻る。山荘の食堂は以前の畳敷きに座る形から、椅子とテーブルに変わったので、休憩もとりやすい。これはすごく助かる。

小屋内の掲示によると、ケータイ電波はソフトバンクが一番良好でdocomoは制限あり。実際、docomoは厳しい状況だった。

夕方は周辺がガスに覆われてしまい、夕映え撮影は叶わず。
8/5(火)4日目 鏡平山荘~新穂高下山
朝から雨の中、8:30より下山開始。2016年に改修された鏡池のデッキも9年経ち、傷みが目立ってきた。

雨で暑さが和らぐのはありがたいが、石段の登山道は滑るのが怖い。ここでアクシデントに気付く。登山靴のソールが剥がれ始めている。レインスパッツのバンドを絞ってソールを留め応急処置。ソール剥がれている上に、慣れない道歩きではスピードが出ない。
登山道には昔は無かった涸れ沢の架け橋ができている。



13:30、わさび平小屋に着いたところで、名物のそうめんを食べた。水の旨さが効いて最高のごちそう。

わさび平小屋には昔の双六山楽共和国のイラストマップがまだ残っている。これまた懐かしい。

わさび平から下りの林道はすごくきつかった。ソール剥がれのおかげでつま先の踏ん張りが効かないのは辛い。
ひいひい言いながら下山し、ほっとするが、悲しいことに左足の親指が黒爪になっていた。

帯状疱疹
周りで帯状疱疹に罹った方が複数いる。この時期に集中するのは、花粉症あるいは対処薬と関係しているのかも知れない。自分が罹患したのもこの時期。2005年のことだったので、当時の記録をガールフレンドとのメールから拾ってみた。
2005/3/19
体調よくないみたい。暑いのと寒いのが一緒に来てる感じで、頭がフラフラします。
それと、腰に、じんましんがボロボロ出てしまってて、この調子だと明後日も無理っぽいです。
困ったなあ。
じんましんは、もしかすると花粉症の薬でアレルギーが出たのかも知れません。
なので、花粉症の薬は使わないようにして、風邪薬だけ飲んで様子を見ています。
2005/3/20
かなりやばい感じ。
症状ですが、全身だるく、体右半分の腰から足にかけて麻酔がかかったような痺れと痛みがあります。
じんましんと思ってたのは、みずぼうそうみたいな感じになってきました。
Webで調べてみると、どうやら帯状疱疹というやつにかかったようなので、連休明けに病院へ行ってきます。帯状疱疹というのは、過労などで抵抗力が低下したときに、人間の神経にもともと潜むウィルスが暴れて発症する皮膚病の一種です。薬を処方してもらえば痛みなどはすぐに引きますが、皮膚のただれが完治するには三週間くらいかかるようです。
2005/3/21
体調のほうは、鎮痛剤とビタミン剤飲んで何とか寝てる有り様です。
右の腰から大腿が麻酔かかったみたいに痺れているので、近所のコンビニへもよろよろ歩いて行っています。
幸い、食欲はあるので良いのですが。
2005/3/21
ネットの医療情報で見ると痺れは温めた方が良いみたいなので、下半身布団にくるまった状態でずっと過ごしています。あと、右肩が張って、痛いようなくすぐったいような感じです。神経組織に繁殖するウィルスだからでしょうが、気分が滅入ります。
2005/3/22
今日行った病院は、済生会という川口市で一番大きな総合病院です。
処方された薬は、バルトレックスという抗ウィルス剤と、鎮痛剤、胃腸薬、そして腫れたところに塗る軟膏です。バルトレックスは日本で使われ始めてからまだ3年ほどしか経ってない新薬で、効き目は抜群だけど副作用はまだ未知数というちょっと恐い薬です。とりあえず二回飲んだ感じ、ショックなど起こってないので一安心ですが…。
処方された鎮痛剤がよく効くようで、痛みはかなり穏やかになってきました。でも、すごく眠いです。自宅でひとり寝てると、心細い感じで滅入ります。
仕事のほうは、明日、朝から重要な打ち合わせの予定が入っているので、出社の予定にしています。会社の者の話によれば、以前、別部署で同じく帯状疱疹になった人がいて、1週間休んだそうです。痛みや腫れの具合を見ながらですが、たぶん、今週は時間を抑えた勤務になると思います。
なお、一昨年に皇室の雅子様が入院されたのも、この帯状疱疹です。
2005/3/22
寝るとき、右半身を圧迫すると剣山に乗るような痛みがくるので、寝返りを打てないんですよ。
2005/3/23
おはよう!
寝てる間に足が掛け布団の外に出てたみたいで、冷えてて、痛みが増したみたいです。うー、辛い!
2005/3/23
今、仕事から帰ってきました。明日は1日休んで、明後日(金曜日)また仕事に行く予定です。
2005/3/24
今日は1日、自宅で寝てました。
体の症状は進行が止まったものの、まだ直りつつある実感がありません。ちょっと心配になってきました。
明日はいっそのこと休もうかなあという気さえしてきています。
帯状疱疹は、症状が長引くと、神経がウィルスでぼろぼろにされて、一生、神経痛と付き合わなければならないことになるようです。命には別状ないものの、困った病気です。
今はとにかく、体調を戻すことを最優先しなければと思っています。
精神的ストレスも治りに大きく影響するそうなので。
2005/3/25
今日は仕事休むことにしました。寒さが影響してるのか痛みがひどいです。エアコンで暖めて室温は高いはずなのに、寒い日はやっぱり寒い。
朝食とって薬を飲んだら、落ち着いてきましたが、食べて寝てばかりだと太りそうでこれも困ったもの。
とにかく日曜日までに元気を取り戻せるよう、頑張ります。
2005/3/26
体調は、足の痛みと痺れは少し軽くなった気がします。でも、腰が昨日よりも痛いです。やけどのような熱っぽい痛みに、ときどき、輪ゴムでパチン!と弾かれるような鋭い痛みが走ります。
症状が始まりは、足→脇腹→腰→股間→背中の順に拡がった感じなので、足が先に回復するのかも知れません。脇腹は痛みはあまりないのですが、皮膚表面のただれは一番強いです。
2005/3/29
病院へ行ってきました。
心配だった内蔵系は問題なしでした。もちろん、HIVもありません。病的な免疫力低下の要因は見られないそうです。
また、ウィルスはかなり減少しているので、薬をしばらく飲んでいればたぶん回復するとのこと。ウィルスが死んでも、ぼろぼろになった神経が回復するにはしばらくかかるそうで、一応1か月くらいがメドですが、これは人によってさまざまなようです。あとは、患部を冷やさないこと、無理をしないよう注意することだそうです。
2005/3/29
今、帰ってきました。
診断書を会社を持って行き、今後の仕事のことを相談しました。精密検査の結果が問題なしだったので、みんなほっとした感じです。来月一杯は、仕事量を半分くらいにしてもらい養生することにしました。
2005/3/30
仕事はとにかく頑張るとかの精神論じゃダメなので、どこまでできるかを確実に押さえて対応します。
2005/4/5
先週、仕事を再開してから一週間経ちました。職場に同じ病気の経験者がいたおかげで周りの者の理解も得られやすかったようで、業務についてはあまり問題なくフォローしていただいています。
症状の回復の経過も順調なようで、寒いときでなければ痛みも収まってきています。皮膚の状態が収まるまでにはまだ若干かかりそうですが、これもそれなり回復してきています。
2005/4/21
体調は、ほぼ痛みがとれて、日常生活にはほとんど支障がない感じです。もうあと二週間、腫れの跡ができるだけ収まってくれるのを待っているのが最近の状況です。