雪山実技第三回・谷川岳〜登山センター上部 1日目

2月3日の机上講義を踏まえて、雪洞構築泊を行った。

新宿から土合へ

今回もチャーターバスで現地へ向かう。集合は新宿駅前で朝7時。座る席は自由だが、何となく各自のポジションが決まってきた雰囲気だ。早朝出発のためか、前回の富士山行きに比べると、車内での会話はやや少なく、寝ている人もちらほらいる。
途中、パーキングエリアでトイレ休憩&買い出しの機会があった。バス内で食事を済ませられるので、出宅前に朝食を摂らなくても大丈夫なのに気付いた。また、現地に付くのは昼近いので、バス内でしっかり食べておけば、昼の行動食はおやつ程度で十分だ。

赤城付近まで来ると、真っ白に輝く谷川連峰武尊山が見えてきた。道路脇の雪も少しずつ増えて、モチベーションが高まってくる。
渋滞の影響でバスは予定より若干遅れ、11時半頃、土合の谷川岳ロープウェイ駅に到着した。

雪洞構築

ここからは、班ごとの行動になる。まず、本日の8人の講師が紹介され、各講師からそれぞれのメンバーに招集がかかった。班のメンバー構成は、前回の机上講義の際に知らされていたのだが、担当講師はここで初めて分かった。自分の班は、男性講師1名のもと、男性2名+女性2名の編成になった。
一部の講師は、チャーターバスとは別に、岳連の共同装備を積んだクルマで事前に現地に来ている。雪洞を構築する場所は、西黒尾根鉄塔付近・登山センター上部・天神尾根の三つが候補になっていたが、現地コンディションを事前チェックした結果、十分な積雪があるため、行動距離が少なくて済む登山センター上部に決定となった。

クルマから降ろされた、岳連の共同装備品。竹竿は、雪洞の存在を他の登山者に明示するため立てる。ブルーシートは、雪洞入口やトイレの目隠しに使う。赤いスコップは、軽量化の穴開けはあるものの、鉄製シャペルに木製シャフトでずっしり重い。紫の袋はロープ、黄色の袋はツエルトが入っている。紺色の袋には、調理用の蓋付き大鍋が2個入っている。一番下にある銀マットは、雪洞内で過ごすときの下敷きに使う。このほか、プラケースに入ったガスバーナー(ボンベは含まず)が配布された。
これら共同装備と、事前に購入して持ち込んだ班の食材・ガスポンベは、各自、分担してザックに収納した。絶対に手荷物は作らず、両手は空けるよう指示された。
班ごとにロープウェイ駅を出発し、10分ほどで登山センター上部に到着した。本当にあっけない行程だ。
講師の目利きで、雪洞の掘る場所を定める。この付近の雪の下は舗装道路で、斜面がえぐれた場所に雪が堆積し、上からずり落ちてきた雪が巨大な塊に押し固められている。

13時半ころから雪洞掘りスタート。手袋を登山用のものから、家庭のキッチン用ゴム長に付け替えた。まず、斜面をコの字型に切り出し、四角い入口を作ることから始まる。スノーソーで刻みを付けた後、スコップで雪のブロックを切り出していく。

入口は、1メートルほど水平のパイプ状に掘った後、内部にドーム状の空間を掘っていく。
最初のうちは、ほふく前進状態で掘る必要があるため、かなりしんどい作業だ。ひとつの入口をメンバー交代しながら掘っていたが、せっかく5名いるので途中から方針を変更し、横にもうひとつの入口を作り、二つの入口から並行して掘ることになった。
内部のドームが広がって掘り手のカラダがすっぽり収まる空間ができると、がぜん、作業がはかどるようになる。雪のブロックをゴロンゴロンと転がし出すことができるし、細かい雪は、雪洞内に敷いたブルーシートに載せ、シートごと外へ引っ張り出せばいい。今回の雪は柔らかめだったようで、スノーソーはあまり使う必要がなく、鉄スコップを反動を付けてガツンと雪壁に叩き込めば、労少なく簡単に雪ブロックの切り出しができた。二つの入口が内部でつながったときは、トンネル開通したようで楽しい瞬間だった。
重いスコップ振り回しての穴掘り、果たして自分の体力大丈夫だろうか?と事前の心配はあったものの、いざやってみると、これが楽しくてしようがない。腕力をあまり要しない夏山(クライミング除く)の時期と違って、今季はピッケルワークやラッセルですでに腕力がずいぶん鍛えられた感がある。なお、体力は掘り人よりも運び人のほうが消耗するようだ。当然、楽しさは掘り人のほうが上なので、互いに譲ってときどき入れ替わる気配りが必要だ。
内部が広くなってきたら、カラダを横に寝てみて、雪洞内の大きさを確認する。5人分、寝られて荷物も置ける空間が必要だ。結局、2メートル×4メートルくらいの四角い広間ができるまで掘り進めた。天井は一番高いところで1.5メートルくらいある。背の高い人でも膝で立てるくらいの高さを確保した。
十分な広さが確保できたら、床面を平らにならし、水平を確保する。傾きがあると、寝ているときに銀マットがすべってカラダが低い方に流れてしまうので、丁寧にチェックする必要がある。寝る向きを講師に尋ねたところ、入口側が足、奥側が頭とのことだったので、床は気持ち、入口側より奥側を高く仕上げた。後で気付いたのだが、これは重い炭酸ガスが足側へ流れるメリットにもつながると思う。
並行して、天井の形を丸く滑らかに整えていく。この段階では大きな鉄スコップよりも、講師持参の小さなアルミスコップが丁寧な仕事に向いていた。ある程度仕上がったら、最後は、食器を手で持って、雪面の細かな凹凸を削る。でっぱりがあると、溶けた水滴がそこから落ちてくるのだ。凸凹をなくしてしまえば、水滴はドームの壁面を伝って端に落ちるので、カラダや荷物を濡らさないで済む理屈だ。ここでも威力を発揮したのは、講師のプラスチック製茶碗だ。手に持ちやすく、丸いカープが仕上げに使いやすい。また、プラスチックは雪が付着しないので、作業効率を落とすことがない。金属性の食器は直接火にかけられるメリットがあるので、登山装備での絶対条件になるのだが、こういう場面ではプラスチックにもメリットがあることを知った。
仕上げの最中には、ときどき、他の班からの見学者が現れた。こちらも、時間の合間を見て、他の班の雪洞を見学してきたが、広さや天井の高さ、全体の形状など、けっこう違いがあるものだ。
16時半頃、雪洞が完成した。およそ3時間要したことになる。入口のひとつはブルーシートを扉にし、風か吹き込まないようになっている。もうひとつの入口は、掘った雪ブロックで表側を塞ぎ、吹き込みを防ぐ。表を塞いだ入口の裏側(内部)の空間は、物置きに使える。酸欠防止のため天井に3箇所ほど、雪崩捜索用のプローブを刺して作ったベンチレーター(空気穴)がある。積雪などで塞がる確率を下げるためには、横側にも開けておくと良いようだ。
3時間もの間、キッチン用ゴム長手袋で作業をしていた。ゴム長だと、防水性は完璧なのだが、ゴアテックスと違って透湿性はゼロだ。でも、ずっと雪を触っていると、蒸れはあまり気にならないし、登山用防寒手袋よりずっと生地が薄いので、手先の細かな感触や動きを妨げることがない。これは山生活の優れた知恵だ。
男性陣中心で掘った雪洞の右には、女性陣中心で作ったトイレがあった。半雪洞と言えば良いのだろうか、しゃがむとカラダが隠れるくらいの深さで、同時に2人が入れるほどの広さだ。もっとも、用途からいって1人専用ではある。半雪洞の中は、平らなフロアに、長さ1メートル、幅10センチほどの狭い溝が掘られている。溝の深さは50センチほどある。ピッケルのブレードを使って掘ったそうだ。用を足すときは、この溝をまたいでしゃがむ。溝が深いので、落としたものは見えにくい構造だし、気になるなら周りの雪をとって振りかければ隠すことができる。なお、半雪洞のままでは、しゃがんだ姿が外から見えるので、ブルーシートで覆ってある。天井はないので、立ったときは上半身が外から見える。

雪洞生活と座学

アイゼンやピッケルなど、凍っても問題ない装備品は、外へ出し、雪洞内の広さを確保する。ただし、スコップは必ず、雪洞内に入れておく。雪洞の維持に使う場合があるからだ。
雪洞内の照明には、ローソクを使う。壁面にスコップで四角い凹みを5箇所ほど作り、それぞれにローソクを立てた。普通は頼りなく感じるローソクの明かりも、雪洞内では白い壁面で反射拡散され、素晴らしく非日常性に満ちた空間を演出する。
落ち着いたところで、床にブルーシートを敷き、その上に各自の個人用マットを広げる。フロアの中央を調理用の場所とし、5人で囲む形に座った。
我らが班の夕食メニューは、鳥鍋雑炊だ。5人前として使った食材は、鳥肉500グラム、マイタケ、しめじ、玉ねぎ2個、油揚、アルファ米2人用×2袋。鳥肉は冷凍状態で持ってきていただいた。味付けには、鍋用の粉末調味料を使った。まず、岳連共同装備で借りた大鍋に雪を入れ、バーナーで加熱して溶かし、お湯を作る。ナイフで切った食材を入れ、煮込む。鍋が煮立ってくると、雪洞内の空気が湯気で満たされるようになった。ローソクの煌めきが湯気のヴェールを照らし出し、まさに非日常性満点な光景だ。これでは湿気むんむんかと思いきや、ぜんぜん不快感がないのは不思議だ。雪が溶けることで0℃付近の気温が保たれるからだろう。
鍋ができるまでの間に、講師の手作りオニオンサラダが披露された。玉ねぎを生のまま薄くスライスする。使うのは、おろし金などとセットものになっているような小さなスライス器だ。スライスした玉ねぎに、ポン酢とカツオブシを振りかければ、出来あがり。簡単でスピーディー、生野菜のシャキシャキ感が山行で消耗したパワーを補ってくれる、これはいい。サラミなどのおつまみも広げ、焼酎などを楽しんだ。
鍋のほうは、玉ねぎなどが煮えたことを確認し、アルファ米を投入。焦げ付き防止のため弱火にし、ゆっくり煮込む。味の濃さを確かめながら粉末調味料を入れ、軽く煮込めば完成。2月3日の机上講習のとき、講師を除くメンバー全員が知恵を絞って決めたメニューだが、とても美味しいものができあがった。嵩張りにくい食材と手間要らずの調理法で、優れた山食だと思う。
鍋料理を食べながらの雑談では、講師から山装備のヒントを教わった。キャップが黄色いホットドリンク用ペットボトルは冬山生活の優れモノ、お湯を入れれば簡易湯たんぽになる。食器はフォークより箸のほうが、いざというときの応用が利く。ナイフ、ミニライト、ホイッスルを常時、首からぶら下げておくと、テント火災や埋没などの事態に助かる可能性が高まる。冬山ではなるべく、多用途な道具を厳選して持参すること。冬山を目指すならば、素人登山者ではない「山屋」としての自覚を持つべし。
食事の後は、再び鍋に雪を入れ、お湯を作る。これは各自の水筒に入れ、明日の行動に備えるものだ。そして、講師の講義を受ける形での座学再開となった。
まず、ロープワーク。150cmのソウンスリングで「ウサギの耳」と呼ばれるダブルループフィギュアエイトノットを作る。これは、明日予定するフィックスロープの通過訓練に使うものだ。そして、富士山の講習でも教わったダブルフィッシャーマンズノットを復習する。その場はマスターしたつもりでも、日にちが経つと忘れてしまうのだが、どうすれば良いか?と講師にお尋ねしたところ、イメージトレーニングできるようになりなさい、との答えをいただいた。イメージトレーニングとは、ロープの現物を手にしなくても、頭の中でロープを結ぶイメージを描いてトレーニングすることだ。通勤の電車の中でだって、手ぶらで練習できるようになることを意味する。そろばんの有段者になると、頭の中でそろばんを描いて、多桁の暗算を瞬時にやってのけるのと似ている。頭の中にロープのイメージを作れるようになるには、どうすれば良いか?という質問は、するだけヤポなことだろう。手で何度も練習するほかないと思い付く。
続いて、雪崩捜索の手順と、凍傷・低体温症の対策が説明された。これらも、明日の実技講習で予定するカリキュラムである。
雪崩捜索で何より大切なのは、発生から15分以内の救出を目指すことだ。15分以内ならば、約9割の生存率が期待できる。15分を過ぎると、生存率は著しく低下してしまう。そのためには、埋没者を短時間で見つけ出す必要があり、捜索範囲を狭めるための知識が重要になってくる。対象者がどの地点で雪崩に遭ったのか? この場所を消失点と呼ぶ。捜索対象は、消失点から下流、雪崩が止まったデブリまでの範囲だ。だから必ず、消失点を押さえておく必要がある。対象者が雪に埋まるのを目撃した瞬間、自分はすぐに動かず、冷静に、周りの目標物と合わせて消失点を記憶することを心がける。また、行動中に雪崩のリスクが高いと思われる場所を通過するときは、ひとりひとり、離れて歩く。パーティー全員が雪崩に埋まったら、助かる見込みはないからだ。
凍傷・低体温症は、寒さに強い人、汗かきな人が特に要注意だという。暑がって手袋を外して行動し、これくらいは大丈夫とそのまま我慢していることなどが、非常に危ないそうだ。もちろん、汗をかく状態のまま行動していると、下着などが濡れてしまい、休憩時にカラダを冷やす原因になるので、状態変化にすばやく対応した着替えを行う必要がある。また、救助の際は、冷えた全身をいきなり温めると、末端で冷えた血流がカラダの中心に回り込み、深刻な事態を招く危険もある。
凍傷で指をなくした手足は、名誉の勲章のように扱われる一面もあるが、アルピニストの能力においては著しいダメージになる。絶対に良いことはない、と語られたのが強く印象に残った。
講義の後は、しばし歓談。21時半頃、シュラフと防水カバーを広げて就寝となった。自分が持っていったシュラフモンベルの#3だったが、ダウンなどの防寒着と併用で、まずまずの暖かさが確保できた。風がないのはもちろんのこと、雪が天然の吸音材の役割をするため、雪洞内は非常に静かだ。前週の三ツ峠での個人山行で、風に吹かれて揺れるテントで一泊したときと比べれば、快適さは天と地ほどの差がある。湿気が心配だったが、気温0℃では100%近い湿度があってもほとんど気にならない。体表付近の空気は、熱で膨張しているので、雪洞内の外気よりも湿度が下がっているのだろう。穴掘りでの疲れもあり、沈むような勢いで眠りについた。