富士フイルムのオーダーメイド銀写真プリント「アルジェント」


銀塩写真の時代は、カラー写真といえばほとんどがお店プリントだった。デジカメ写真の今は、こだわるならお家プリント、お手軽または大量ならお店プリントという使い分けが一般的だと思う。紙のプリント写真自体が昔ほど重視されなくなり、パソコンやケータイ、デジタルフォトフレームなんかの画面で見るほうが主流の今、個人相手で品質にこだわったお店プリントというのは、どうなんだろう?
そんな疑問を持ちつつ記憶の片隅で気になっていたプリントサービス、それが今回試してみた富士フイルムのアルジェントだ。

富士フイルム - 写真プリント > アルジェント・プロモーションサイト
http://fujicolorprint.jp/argento/index.html

インプレス - デジカメWatch > 2006/09/14 > 富士フイルム、プリント見本をもとにオーダーできるプリントサービス
http://dc.watch.impress.co.jp/cda/other/2006/09/14/4610.html

サービス内容のあらましは、上記Webサイトの説明で分かる。アルジェントは5年以上前に始まったサービスで、簡単にいえば、洋服のオーダーメイドのようなシステムだ。職人さんが仕上げた仮プリント(ナビゲーションプリント)を見てから、調整指示を出して、本番プリントを得る。銀塩写真の頃の手焼きプリント注文に近づけた内容と考えてもいいだろう。

最初の申し込み

注文方法は二種類に分かれる。フジカラープリントの店頭で申し込む方法と、富士フイルム公式Webサイトからオンラインで申し込む方法だ。

富士フイルム - 写真プリント > アルジェント仕様 > お店/ネット注文仕様比較
http://fujifilm.jp/personal/print/photo/argento/specs.html#specs05

この比較表を見ると、ざっくり言って店頭申し込みのほうがいい。入稿可能なファイルの種類が多く、手数料や送料もかからないからだ。一般常識からは、オンライン申し込みのほうが早く安く融通も利くのが普通で、意外にも思える。もちろん、小売り販売店網をおいそれとは切れない大人の事情もあるとは思うが、写真プリントの販売流通システムというのは自由な市場競争の歴史を経た結果、ものすごく洗練されスピードもコストも限界まで下がっていることが、強い理由になると思う。
画質にこだわると、JPEGだけではなくTIFF(非圧縮)でも入稿可能なのは、店頭申し込みならではの嬉しいメリットだ。ファイルの画素数は、印刷解像度(400dpi)に合わせると効率はいいが、シャープネスなど職人さんまかせで仕上げてもらうことを考えると、変に小細工するよりもカメラの撮影画素数そのままで渡すのがいいと思う。色空間は出力機の仕様でsRGBに限定される。AdobeRGBで入稿してもラボ側でsRGBに変換してからプリントするとの説明が、上記のサイトに記載されている。
今回、自分がオーダー用に作った原稿は、1628万画素のデジタル一眼レフで14bit-RAW撮影、Adobe Photoshop LightroomでRAW現像してから撮影画素数そのままで16bit-TIFF出力し、CD-Rに記録したものだ。RAW現像パラメーターは、ハードウェアキャリブレーション対応の液晶ディスプレイ目視(sRGB)で追い込んだ。オーダーシートは、上記プロモーションサイトにあるPDFを印刷して使った。本番プリント予定のサイズはA4(フチ付きノートリミング)、用紙種別はグロッシー。
申込先は、東京都内の某大手カメラ量販店にした。受付にとくに問題はなく、慣れた感じに店員さんも対応されてスムーズに完了した。料金はプリント受け取りの段階で払う方式になっているので、この時点で支払いは発生していない。月曜日夜に申し込んだところ、ナビゲーションプリントの予定納期は翌週月曜日とのこと。公式サイトにある最短・中3日よりは長い待ち日数だ。

ナビゲーションプリント受け取り→本番プリント申し込み


翌週月曜日夜、予定通りでナビゲーションプリントを受け取った。料金は1枚あたり567円、ポイント10%付き。オンライン注文の料金は630円なので、ポイントを別にして10%引きだ。オンライン申し込みでは送料と手数料も加算されるので、金額差はもっと広がる。
プリントを受け取った後、カメラ量販店近くのファストフード店に入り、内容を確認。こんな照明下でチェックして大丈夫か?という思いもあったものの、逸る気持ちには勝てないのだ。座席での明るさは十分とれたので、まあよし。
包みを開けてみると、プリントといっしょに原稿CD-Rとオーダーシートも帰ってきた。プリントは1枚ずつ透明スリーブに入れられてから、二回りほど大きいジャケットに収められている。ジャケットを開けてみてびっくり、現物の仕上がりは期待以上だった。せっかくなので何か調整指示を付けようと思ったけども、あら探しする気で見れば見るほど、文句の付けようがない。強いて言えば、濃度をほんのちょっとだけ上げてみようかとも思ったのだが、ファストフード店の蛍光灯下では少し褪せて見えるくらいのほうが正しいはず、このままでいいと判断した。
カメラ量販店に戻り、本番プリントを1カット2枚ずつ、調整変更なしの指示で申し込んだ。調整変更なしでも、オーダーシート、ナビゲーションプリント、原稿CD-Rとそのまままとめて渡す必要がある。本番プリントの予定納期は、ナビゲーションプリントのときと同じく、翌週月曜日になった。

本番プリント受け取り

またもや翌週月曜日の夜、予定通りに本番プリントを受け取った。料金は1枚あたり1,701円、ポイント10%付き。オンライン注文の料金は1,890円のため、ナビゲーションプリントのときと同じく、ポイントを別にして10%引きだった。
受け取りの後はそのまま帰宅するところ、念のため確認しておこうと思って、前週と同じくファストフード店へ立ち寄った。明るい席に着いてから包みを開けてみると、あれ? 各カット2枚ずつのはずが、1枚ずつしか入っていない。袋に付いた伝票を確認すると、ラボには間違いなく各カット2枚で指示が行っているので、お店側のミスではない。気を取り直し、プリントの仕上がりもよく確認してみる。調整変更なしの指定通り、ナビゲーションプリントとの差異なく無事に仕上がっていた。
カメラ量販店に戻り、プリント枚数不足を伝えると、店員さんがその場でラボに電話をかけ連絡をとってくれた。ラボ側ではオーダー内容も作業履歴もつき合わせできるらしく、紛失ではなくプリント漏れとの回答がすぐ返ってきた。今になってチェックができるのに、なぜミスをスルーし出荷してしまったのか、ちょっと理解に苦しむ。何かイレギュラーな対応が必要になり、運悪く出荷チェックをすり抜ける稀なトラブルが起こったのだろうか。ともかく、至急扱いで無償焼き増し対応をとってもらうこととなった。仕上がりは2日後の水曜日とのこと。原稿データや調整情報はラボ側で保管されているので、本番焼き増しにCD-Rやナビゲーションプリントを渡す必要はなかった。ナビゲーションプリントに付与された管理番号を伝えるだけでいい。
そして水曜日夜、カメラ量販店に足を運ぶのも四回目、焼き増しを受け取った。無事に必要枚数があり、内容も問題ないことをその場で確認、ほっとした。

出来上がりの比較

帰宅してから、改めて印刷結果を比べてみた。月曜受け取りの初回本番プリントと、水曜受け取りの焼き増し本番プリント、どっちがどっちかほとんど区別の付かない均一な仕上がりだ。よくよく見比べれば、焼き増しのほうは僅かにハイライト部分が硬調で、初回のほうはグリーンの中間調がちょっとだけ青方向に転んでいるような気もするが、普通の感覚ではまず気にならない些細なレベルの違いだろう。
続いて、普通のフジカラー純正・お店プリント(フロンティア)と比べてみる。ぱっと見、アルジェントは軟調なグラデーションだが、ハイライトもシャドウも非常に素直。色調も嫌みがまったくなく、まさに自分の欲しかった結果が得られた。普通のフジカラー純正プリントは、メリハリが効いた印象だが、シャドウとハイライトで階調の狭さが分かるし、グリーンとマゼンタでトーンカーブに違いがあるような色の転びが見える。明るい部分はピンクが強く、木の葉の陰部分は緑が強い、いかにもフジカラーっぽい色調だと思う。アルジェントの仕上がりは、キャリブレーターできちんと調整した液晶ディスプレイでの印象と非常に近く、ニュートラルだ。輪郭表現も違う。アルジェントはエッジに不自然な強調やギザギザが一切見えず、微細な粒状感も含め、仕上がりは極上質な銀塩写真そのものと言っていい。普通のフジカラー純正プリントも悪くはないのだが、アルジェントと比べたらちょっとデジタル臭い印象になってしまう。圧巻なのが空気感や立体感の違いだ。遠景のヴェールのような霞の微細な濃淡、水面に陰を落とす雲の厳しい陰影、雪渓に反射したぎらぎらの太陽光など、自然空間の奥行き要素がアルジェントは見事に表現できている。いくら見てても飽きない。この絶妙な映像バランス、巧すぎるというほかない。

なお、用紙(グロッシー仕様)にも違いがある。普通のフジカラー純正プリントは EVER-BEAUTY PAPER for LASER。アルジェントは PROFESSIONAL PAPER。富士フイルムWebサイトに載っているフロンティアの特長説明によると、前者は優れた色再現性と白く抜けのよいハイライトが特長、後者は高い最高濃度と彩度を持ち豊かな階調と自然で鮮やかな色再現を誇るとある。用紙のチョイスは、前者が好印象重視、後者が忠実性重視という感じだろうか。

アルジェントの活かしどころ

公式プロモーションサイトには「コンテストの上位入賞を目指す方、写真展に作品を出展する方にお薦めです」とのキャッチが付いている。数年前にはお店プリントが応募規定になっていたコンテストもあったが、最近ではお家プリントを断るコンテストなどあまりないだろう。そろそろコンテスト云々のキャッチは引っ込めるほうが良いんじゃないだろうか。
アルジェントを試してみて分かったのは、職人さんの確かな腕と感性の価値だ。原稿時点で追い込んでいたものに対しては何も指示しなくても満足いく結果が得られ、さらに調整指示という保険も付いている。われわれアマチュアにとっては、慣れないプロラボに出すより安心できると思う。大切な記録でも入魂の作品でも、とにかく一番いいプリントを欲しいと思ったらアルジェントを検討してみるべきだろう。たぶん特に威力を発揮するのは、A2判や全紙寸の大きなプリントが欲しいケースだ。問題は、納期と費用を許容できるかどうかに絞られる。

お店プリントの価値

ついでに、お家プリントとお店プリントの費用についても、比較してみようと思う。
残念なことに最近の家庭用プリンターの製品仕様では、写真印刷コストはL判のみしか記載されていない。A3写真プリントを謳う高品位プリンターまでがこのありさまだし、インク容量を大容量化などというフィーチャーにも定量的な数値は一切示されていない。仕方ないのでエプソンPX-5Vを具体例に、A4判での写真印刷コストを推定してみよう。

エプソン - 製品情報 > プリンター > PX-5V
http://www.epson.jp/products/colorio/printer/pro/px5v/

基本仕様によると、L判サイズでのインク・用紙合計コストは「約19.2円」とある。測定条件によれば「写真用紙<光沢>L判400枚(KL400PSKR) 1,990円」とあるので、L判1枚あたりの用紙コストは約5.0円。引き算するとインクコストは14.2円だ。L判(127mm×89mm)に比べA4判(297mm×210mm)は面積で約5.52倍あるので、L判インクコストに掛け算すると、A4判インクコストは約78.4円となる。A4判用紙はエプソン直売サイトで「写真用紙<光沢>A4判250枚(KA4250PSKR) 11,000円」とあるので、1枚あたり44.0円。インク・用紙合計コストは、約122.4円となる。実際は、250枚という大量パッケージで購入すると使い切るまでかなりの日数を経てしまい、その間に用紙が変質しそうで怖い。ちょっと割高でも、50枚や100枚パッケージで買うほうがいいかも知れない。反面、量販店価格では直販に比べ10〜20%程度の値引きもあるだろう。クリスピアなどの純正高品位ペーパーや別メーカーの安いペーパーを使う選択肢もある…、などと言い出すとキリはないか。
忘れてはいけないのが、プリンター本体の購入コストだ。エプソンPX-5Vの量販店価格をポイント差し引き67,500円としよう。次機種へ買い換えるまでの間に何枚プリントするかによって、1枚あたりのコストは変わってくる。
自分の場合、紙プリント写真を得る目的は、主に机上鑑賞用途だ。勤務先の机にA4サイズの写真立てを置き、平均すると週1回くらいのペースで写真を差し替えている。これは20年以上前にプロフォトグラファーの方から伺った話だが、自ら撮った写真を大きく引き伸ばしてたくさん見ることが、写真上達には一番の早道だという。実際、出来の悪い写真は、ずっと対面していれば1日待たなくてもすぐ飽きてイヤになるものだ。良いと思える写真も、数日見続ければ必ず何らかの不満点が目についてくる。そんなわけで、癒しや気分転換の効果も含みつつ、机上写真のローテーションをしているが、週1ペースだと1年で約50枚の計算だ。実際は倍の100枚くらいプリントした中から半分を選抜し、机上ローテに乗せている。
プリンター本体の買い換え周期を3年、1年あたり100枚と仮定すれば、プリント1枚に乗ってくる機器コストは、225円だ。機器+用紙+インクのコストを合計すると、約347.4円になる。
お店プリントの料金はお店や時期によって変動あるものの、東京都内のある大手カメラ量販店だと普通のフジカラー純正プリントがA4判1枚あたりポイント差し引きで 315円くらい。これだけでもお家プリントより安いが、家庭用プリンターの仕様表記は実使用で起こるクリーニング時のインク排出動作が含まれていないし、印刷パラメーターを「きれい」設定にすると仕様表記の「標準」設定よりインクコストがアップするだろう。もちろん、ヘッド目詰まりや用紙詰まりのトラブルも起こりうるし、紙やインクの補給交換に付き合って潰れる時間もバカにならない。そしてA3対応の高品位プリンターともなると設置スペースも大きく、せいぜい月に数回程度の使用頻度には悩みのタネだ。
こうやって比較してみると、普通のフジカラー純正プリントは予想以上にリーズナブルだと思う。これで画像品位も高ければ文句はないのだが、普通のフジカラー純正プリントには明るさとカラーの自動調整がかかっているため、RAW現像などで追い込み調整した画像ファイルを入稿しても、意図した仕上がりからズレてしまい困った結果になる場合もある。オンラインサイトからのオーダーではカラー自動調整をオフに指定できるが、明るさ自動調整はオンのままにしかならず、歯痒いポイントだ。また、ラボ設備のバラツキというか、使われるフロンティア機の個体によっても仕上がりには差異が少なからず起こるようだ。ほどほどの結果に妥協して利用すべきものだと思う。
アルジェントは、ナビゲーションプリントとA4本番プリントを合計すると、ポイント差し引きで1枚あたり約2,041円。最高グレードのプレミアムサービスとはいえ普通プリントに比べたら圧倒的に高額で、おいそれと利用できるサービスではない。中間グレードとして、自動調整を完全オフにできる高品位機械焼きサービスがあったら良いのだけどなあ。