積雪の双六岳周辺山行

前週の偵察に続いて、5月3〜6日の3泊4日で新穂高〜大ノマ乗越〜双六岳周辺を歩いてきた。装備品など、今回のポイントは5つ。

  • 前週、ワサビ平の幕営が寒かったので、今回の稜線幕営ではシュラフなど厳冬期相当のものにする。
  • 自分のカラダにカメラ等の重い機材と幕営装備を加えると120kgほどになり、ワカンでは浮力が不足するため、新たにスノーシューを購入。
  • 危険箇所の通過や撮影時の安全確保のため、ヘルメット、ハーネス、ロープ、スノーバーなども念のため持っていく。
  • まだ樹林などがすっかり雪に埋もれてたツルツルの景観で、無雪期とはルート感覚がまったく違う。各ポイントの標高と進行方位を記した確認表を作り、ホワイトアウトでも高度計とコンパスを頼りに行動できる体制とする。
  • 他に登山者が少なく、残雪期のバリエーションルートになるため、経験値の低い自分としては無理をしない。撮影も大切だが、慎重な気象判断のもと体力温存を優先する。夜景撮影はしない。

1日目 新穂高温泉→入山→秩父沢上部


ゴールデンウィーク期間ではあるが、このタイミングは新穂高温泉行きの毎日アルペン号が運行されていないため、さわやか信州号を利用した。前夜、新宿を出発し、6時20分頃、上高地に到着。

上高地からは濃飛乗合バスに乗り換え、さらに平湯温泉乗り換えで、新穂高温泉には予定通り8時15分頃の到着だった。ロープウェイ駅では、多くの登山者の姿が見られたが、ほとんどの方は西穂方面か右俣方面に行かれていた。左俣方面は本当に人がいない。

林道ゲートで登山届を投函。この付近の雪はすっかり溶けていた。

前週に比べ、左俣林道の雪もかなり融けてきたが、まだまだクルマが通れる状態ではない。ツボ足では雪面に膝近くまでめり込む場所もあるため、スノーシューを装着した。斜面トラバースでは川に落ちないよう注意して歩く。トレースがしっかり付いていたので、スノーシューでも横滑りすることはなかった。

ワサビ平小屋の屋根に積もっていた雪はすっかり溶けていたが、周りは相変わらず雪のバリケード状態。前週よりはずっと路面の状態が良いので早く着くと思ったのだが、初めて使うスノーシューのバンド調整などを何度も繰り返し、意外に時間を消費した。結局、前週と同じくここまで2時間半も要してしまった。この日のうちに一気に稜線まで上がるのは無理と考え、昼食休憩を摂った後、途中で適切な幕営場所を探す前提で、この先を進むことにする。

下抜戸沢からのデブリ。前週に雪崩れた後も何度か雪崩れて、デブリが層状に積み重なっている。

小池新道と奥丸山新道の分岐点。樹林がまだすっかり雪の下に隠れているため、弓折岳まで一直線に見渡せる。
結局、この日は秩父沢からチボ岩の少し先の標高1800m付近で幕営とした。辺りの景観と地形図を読むと、この先は尾根か稜線に乗るまで、適切なビバークポイントはないと思われる。もちろん、ここも安全地帯とは言えず、慎重な状況判断が要る。幸い、穏やかな晴れ間が数日続いた後であるため、すぐに雪崩れる部分は落ちきって雪面の状態は安定しているようだ。

2日目 秩父沢上部→弓折岳南西稜線


早朝、標高1800m付近でテント撤収時の様子。整地をさぼってけっこうな傾斜だったが、雪面が柔らかい状態で設営したためカラダに合わせてうまく床が沈み込み、就寝にはまったく困らなかった。

日の出は4時45分頃、焼岳が赤く染まった。

標高1850m付近に転がっていたデブリ。この頃はまだ氷点下で堅く締まっている。


標高1900m付近のイタドリガ原。この時期はここが大ノマ乗越と鏡沢の分岐点となる。どちらのルートを採るか悩み所だが、今回は当初の計画通り、左側の大ノマ乗越ルートを進むことにした。この付近で地形図から読んだ斜度は22°あり、かなり急勾配になってきた印象。

標高2080m付近、シシウドガ原の上部。この正面が夏道では鏡平へ向かうトラバースの取り付きと思われるが、登山道はすっかり雪に埋もれて分からない。7時30分頃で気温は5℃くらい。かなり雪が緩み、ツボ足では厳しくなってきた。

標高2240m付近、先行する登山者の姿が見える。地形図から読んだ斜度は28°あり、穂高岳山荘直下の小豆沢とほぼ同じ斜度で、北穂沢よりは緩い。しかし、ここはしっかりしたトレースがないので、疲労度はずっと高いと思う。ここから大ノマ乗越まであと200mほどの登りが一番の核心部にあたる。ここの少し前から、スノーシューを装着した。

標高2320m付近にて、格好良く滑降する二名のスキーヤーと出会った。雪面の柔らかさにムラがあるとのことで、滑るにはまだ早い時刻かなあ?と語られていた。

標高2460mの大ノマ乗越の様子。雪がグスグスに腐っていたので最後までスノーシューで登り切った。稜線の雪庇には、大きなつつらが下がっている。行動食を摂って休憩していると、空を覆う雲がどんどん厚くなり雪が降り出した。

吹雪で視界が効かなくなってきたので、この日は大ノマ乗越から40mほど登ったところにある平坦な地点、すなわち弓折岳南西稜線の標高2500m付近で幕営することにした。無雪期の荒天時に縦走した経験や雪庇の付き方からも、この近くのうち最も風が緩い場所であることが分かっていたので、ここで特に問題なし。テントを設営して休憩していたところ、スキーの方が来られご挨拶。横にテントを設営された。
予想通り、吹雪の晩にもかかわらず稜線とは思えないほど風は穏やか。厳冬期用シュラフの暖かさは抜群で、ぐっすり安眠できた。

3日目 弓折岳南西稜線→樅沢岳→弓折岳南方稜線


早朝4時45分頃、いよいよ稜線で迎える日の出だが、この稜線から見えるモルゲンロートはせいぜい笠ヶ岳の稜線くらい。槍穂高裏銀座の山々は逆光になってしまう位置だ。雲が出ていれば空が染まるシーンを期待できるが、どう見ても雲ひとつない晴天。とても日の出に合わせて弓折岳の山頂まで登るモチベーションは湧かず、幕営場所のちょっと上でモルゲンロートを眺めた。

ふと、大ノマ乗越を見ると、テントを二つ設営されたパーティーがあった。細い稜線のすぐ左は1000m以上落ちる恐ろしい滑り台なこともあり、さすが、雪面をきれいに深く掘られ設営されている。

日が昇り始め風が穏やかになった頃を見計らい、カメラなどを持って弓折岳の山頂に出てみた。もう5月に入ったのに、見事なシュカブラができていて、びっくり。まだ雪煙が舞う中、逆光の槍ヶ岳を撮ってみると、なかなか良い感じに仕上がった。もし日の出前にここへ来ていたら派手に雪煙が染まるシーンを撮れたのではないかとも思ったが、こののっぽらぼうの前景では構図が難しいだろうとも感じた。また機会があればトライしてみたいシーンではある。
ひととおり撮影を終えたところで、テントに戻り、しっかり朝食を摂った。行動装備をサブザックに詰めカメラなど機材を持って、8時半頃、双六岳方面に出発。念のため、アイゼン+ピッケルスノーシュー+ストックの両方を持つことにした。

緩い雪庇の脇を歩くスキーヤー。大ノマ乗越から双六谷に滑降してからシールで双六小屋まで上がる人が多いと思ったが、意外に稜線を歩く人とも出会った。スキーやスノーボードを持たない自分のような一般登山者は皆無。

左手に双六小屋が見えてきた。双六小屋に向かう場合、もっと手前から双六谷に下降するルートを採るが、自分の今回の目的地は樅沢岳なので、谷まで降りきらずに斜面をトラバースし、前樅沢岳へ取り付くことにした。

前樅沢岳の南西側斜面トラバース。スノーシュー歩きの良いトレーニングになった。

前樅沢岳の山頂手前ケルン群。強風で積雪が飛ばされるためか、ザレ場の一部が剥き出しになっている。

この時期ならでは、雪ブチ保護色の雷鳥。夏場より敏捷で飛ぶ自信も持つからか、晴れても姿を隠すことがないようだ。

樅沢岳の山頂直下。左側を巻いてみたが、急斜面のトラバースをすることになったため、ここは右側を直登するほうが良いようだ。雪庇が見えるが大したことなく、簡単に踏み越せる。

樅沢岳山頂から望む槍ヶ岳と西鎌尾根。画になる風景だが、斜面での光の陰影感や穂先と背景のコントラストがもっと欲しい。とりあえず3時間ほど雲待ちしてみたが、残念ながらこれはというシーンには出会えなかった。追求し出すと、太陽と雲の位置関係を待ち続けて何日も待ってしまうのだろうなあ。

樅沢岳山頂から望む南稜線。左の中ほど奥にあるテラスのような場所が弓折岳の山頂、左上のピークが抜戸岳、そして右上奥のピークが笠ヶ岳

今回、双六岳への登頂に拘るつもりはなかったので、午後2時頃で樅沢岳を後にし、そのまま弓折岳まで戻ることにした。スノーシューのまま行けそうな感じなので、前樅沢岳から稜線通しで歩いてみる。

前樅沢岳の南急斜面。ここだけはスノーシューを外してアイゼンを装着。

前樅沢岳を降りた先は、広く長大な尾根がずっと続いている。スキーの機動力が最も活かされそうだが、スノーシュー歩きにも向いていると思う。東側(写真の左側)にさえ落ちなければ危険はあまりなく、安心して歩けるルートだった。

双六岳を振り返り見た様子。登頂撮影はまた来年以降のお楽しみに取っておこう。

ハイマツと雪庇の間にある空洞のクラック。ここに落ちて脇の下までハマった人を目撃した。もちろん、無事に自力脱出されていたが、注意しなければ。
弓折岳南西稜線から樅沢岳まで、行動時間から撮影に費やした時間を差し引くと、片道ざっと2時間ほどになった。この日のようなコンディションが良いときは、無雪期とあまり変わらないようだ。

この日の夕陽は燃えるような赤い姿だった。適当な前景物のない場所だったのが残念。この後は雲をまとってしまい、山並みは染まらなかった。

4日目 弓折岳南西稜線→下山→新穂高温泉


弓折稜線から望む夜明けの穂高。もう下山しなければならないなんて、名残惜しい。

大ノマ乗越の下降点。一応、足場がカッティングされているが、利用者が少ないためか、ふわふわの脆い雪面で、通過はかなり怖い。不安だったので自分なり、ピッケルのブレードでカッティングを加えた。

お椀の縁の降り始め。冷や汗をかいたのか、カメラのレンズが曇ってしまった。クラストした雪面は、部分部分で堅さが異なり、モナカの薄皮のように踏み抜きが怖い場所もある。技量のある人ならアイゼンのフラットフットで前を向いて降りられると思われるが、自分は怖かったので、後ろ向きで前爪を蹴り込みながらクライムダウンした。

標高2250m付近まで降りたところで傾斜が緩くなり、クラストしていた雪面も柔らかくなった。ここまでの200m降下に1時間ほど要したが、この先はがぜんスピードアップ。

標高1700m付近まで降りると泥まみれのデブリが転がっていた。ここまで550mほどの下降は、雪が適度に腐って、つぼ足で30cmほどの沈み込み。重力にまかせてふわふわと足を踏み出す下り歩きで非常に楽だった。70分ほどで一気に下降。

この時期は夏道のような秩父沢方面へのトラバースをせず、左俣川まで直降するのが楽なようだ。左俣川は小池新道入口近くまでまだ雪に埋まっているので、スノーシューなら川岸の境界を快適に歩ける。

ここまで来れば夏なら平らな林道歩きだが、この時期はデブリの山をいくつも乗り越えなければ帰れない。

瓦礫が散乱する左俣林道。クルマが通れるようにするためには、ブルドーザーでも使うのだろうか。

左俣林道脇の雪解け跡には、畑のようにフキノトウの花が群生していた。

林道ゲートに到着し、無事に下山完了。結局のところ、ロープやハーネスは一切使うことがなかった。
帰りは、いつも同様に平湯温泉で疲れを流し、最終便の京王/濃飛高速バスで新宿まで移動。連休最終日のため渋滞遅れが心配だったが、早めの帰宅を狙った人が多かったらしく、すでに渋滞はすっかり解消。予定時刻通りに帰宅できた。