西穂高岳で起こった事故

三連休は結局、どこにも行かず。自宅でキャンプ食を試食し、地図を見たりライブカメラや情報サイトを見ての机上登山だけに終わった。

当初計画していた西穂高岳では、ご婦人の滑落をきっかけにご夫婦で亡くなるという、いたましい事故が起こっている。自分ももし行っていたら同じく事故に遭ったかも知れない。そうした思いもあって、この事故に関する報道記事を拾ってみた。

事故当日の報道

朝日新聞デジタル - 北アで夫婦遭難「滑落して骨折」と連絡 荒天で捜索中断
http://www.asahi.com/national/update/0210/NGY201302100027.html

  • 2月10日(日)、日帰り予定で入山。静岡県在住、ご主人(63歳)とご婦人(58歳)のご夫婦パーティー
  • 西穂独標からの下山中、暴風雪で道に迷い、ご婦人が滑落し足を骨折。
  • 午後1時半頃、携帯電話で110番通報。2人一緒に身動きが取れない状態。ご主人からは、簡易テントを持っていたが落としてしまったとの連絡。
  • 通報を受け、岐阜県警などが捜索したが、悪天候で夕方に捜索中断。翌日11日朝から捜索再開する予定。

中日新聞Web - 北アで静岡の夫婦遭難
http://www.chunichi.co.jp/s/article/2013021090210056.html

  • 2月10日(日)午前、新穂高温泉から入山。西穂独標に到達し、下山中に道迷い。
  • ご婦人が滑落し、右足を骨折。
  • ご婦人自身が110番通報。その後、ご主人が合流。
  • 県警山岳警備隊員らが捜索したが、暴風雪に遮られて見つけられなかった。

滑落したご婦人をご主人が追いかけて降り、落下停止した地点まで辿り着いて合流している。恐らく、崖のような場所でなく、そこそこの斜面だったのではないか。このときは完全なホワイトアウトではなく、落下停止地点を何とか目視できる状態にあったのだろう。足の骨折は、滑落中にアイゼンを引っかけ無理な力がかかったのかも知れない。骨折以外に伝えられる情報はないことから想像すると、ご主人が辿り着いたとき、ご婦人の容体に絶望的なものはなくお互い会話ができる状態にあったのだろう。簡易テントというのは、ツエルトだろう。現地は風速20m/s級の強風が吹き、風で飛ばされたのではないか。

2日後に発見確認された時点の報道

共同通信ニュース - 北ア西穂高、心肺停止の2人発見 遭難夫婦か
http://www.47news.jp/CN/201302/CN2013021201001432.html

  • 2月10日(日)、ご婦人は、登山道を外れて足を滑らせ、滑落。
  • 2月10日(日)午後3時以降、高山署は2人との連絡がとれなくなった。
  • 2月11日(月祝)、地上から山岳警備隊が現場付近に向かった。この日も悪天候で見つけられず、日没時点で捜索を打ち切った。
  • 2月12日(火)、標高2500メートル付近で男女2人を発見。ともに心肺停止状態。身元確認中だが、10日に遭難したご夫婦と見られる。

共同通信ニュース - 北ア・西穂高で遭難の夫婦死亡 静岡県 病院医師
http://www.47news.jp/CN/201302/CN2013021201002005.html

  • 2月12日(火)に発見された2人は、高山署に運ばれ死亡を確認。10日に遭難したご夫婦であることも確認。死因は2人とも凍死だった。
  • 発見場所は尾根から約200メートル下の斜面。2人は約50メートル離れて倒れていた。
  • 2月10日(日)の最後の連絡は、ご主人からのものだった。

国土地理院 - ウオッちず 北緯36度16分9.2秒 東経137度37分21.7秒
http://watchizu.gsi.go.jp/watchizu.html?longitude=137.62269945396&latitude=36.269248928389

西穂独標は標高2701メートルにある。そして標高2452メートルには西穂丸山がある。尾根から200メートル下の標高2500メートル付近に落ちたとのことで、尾根とは独標のことを言っているのだろう。2500メートルということは丸山の少し上に位置するが、ルート外なので丸山からはそれなり距離のある場所だろう。目撃者はいなかったようだから、滑落開始地点は特定できず滑落距離も分からない。登山道を外れてという言葉からは、独標の降り始めから途中までは正しいルートを辿っていたように読める。ルートを外れたことは当初の報道から伝えられているので、通報者の2人自身がそう認識し県警に伝えていたと思われる。傾斜が厳しくなったか雪面歩行の難しさからルートの間違いに気づき、方向転換するときにアイゼンを引っかけて転んだのだろうか。
ご婦人の怪我は右足の骨折だけで、ご主人が合流できたことから察すると、止まった地点はなだらかな地点だったように思えるが、だとすれば風をよけられない厳しい場所とも想像できる。地形図を見ると、登山道の標高2500メートル付近は信州側300メートルほど先までなだらかな地形が広がっているが、その範囲のどこかだろうか。もしそうだとすれば、今回のような荒天ではなくルートを目視でき路面状態が良好なときなら、山荘までは1時間足らずで帰れる範囲だ。
10日の午後3時以降で連絡がとれなくなったのは、携帯電話の電池切れか、濃い雪雲に邪魔され圏外になったか、それともこの時点ですでに低体温症で意識が失われたのだろうか。最初の通報から最終連絡まで1時間半とは、あまりに短い。
この日、自分は新穂高ロープウェイライブカメラをときどき見ていたのだが、ロープウェイの西穂高口駅にある屋上展望地では、午後2時から3時頃にかけてガスが薄まり、いったん日差しが入っていたと記憶している。現地では視界が若干効くようになり気温が上昇していたのではないか。ご主人が合流できたのは、このタイミングだったのかも知れない。その後、再び濃いガスが入って急速に気温が低下したとすれば、それが致命的なダメージを招いたとも想像できる。
医師というお仕事柄、タイトなスケジュールの中から1日だけの貴重なお休みをとられ、静岡から深夜の運転を経て入山されたと思われる。疲労と高所順応の問題も、厳しい環境下に耐えられる時間を縮めた原因になったのかも知れない。
11日の捜索は地上から山岳警備隊が向かったとのことで、10日は新穂高温泉に詰める隊員と現地の関係者だけで捜索し、11日は高山署轄から隊員が招集されたようだ。2日間の捜索で発見できなかったのは、雪雲のガスと吹雪によるホワイトアウトが原因のようだ。標高2500メートル地点という情報は発見後にようやく発表されているが、携帯電話の連絡では高度計の読みなど伝えられていなかったのか、あるいは激しい気圧変化に校正が間に合わず誤った高度値を伝えられたのだろうか。
発見箇所で二人が50メートル離れていたことからは、ご主人が生還に向け何らかの努力をされていたように想像される。ご主人だけ下山行動に移れば生還できた可能性があったとも思えるが、県警側とはどのような会話がされたのだろう? 行動不能との判断でその場所に留まるよう指示が出ていたのだろうか。捜索が難航していたことから想像できるのは、2人は現在地点を正しく県警に伝えることができなかったことだ。もしも高度計やGPSで地点を特定できる情報が伝えられていたなら、10日のうちに発見され生還できたかも知れない。さらに、2人が雪崩ビーコンを所持していて捜索隊が半径50メートル以内に近付けていたなら、確実に発見されただろうが、ホワイトアウトしている状況で登山道から外れて捜索することには、捜索者自身が事故に遭う危険もつきまとう。極限環境下では、要救者に自力で生還する能力のあるかどうかが生死を分けると、つくづく感じられた。
しかしながら、年齢とご職業から察するところ、十分な行動経験と技量をお持ちの2人と、自分には思える。2月10日(日)当日の荒天は事前に予想されたことであるし、西穂山荘から出発する時点でも現地状況を見て行けると判断されたことだろう。能力的には無事に行って帰れるはずのところ、何らかのミスが不幸を招いたのではないか。悪条件下では行くな!と叫ぶことは易しいが、事故は悪条件下でなくても起こるし、行動中に条件が急変する場合もある。技量を維持するためには、能力に見合ったある程度の難しさに触れることも必要だ。事故から少しでも教訓を読み取り、登山者だれもが安全に帰れることを願ってやまない。
社会的逸財損失としても大変に痛みの大きかった今回の事故には、深い悲しみを感じる。お二人のご冥福をお祈りする。