樅沢岳に登る

食事の後は、テントに戻って横になる。慣れない混み小屋泊まりと明け方前の夜景撮影で不足した睡眠を取り返す。ほどほどに雲が出てきて直射日光が遮られ、テント生活も快適。
午後3時半、撮影のため外に出てみる。池や小屋の近くを周った後、体調も良好と思い、近くの樅沢岳へ登ってみることした。サブザックに水と雨具、おやつ程度の食料を詰め、カメラバッグと合わせて装着する。たかだか6〜7kg程度、午前行動の30kgザックに比べたら、背中に羽が生えたように軽い装備だ。
樅沢岳は、キャンプ地から山頂まで210メートルの標高差、見上げると急傾斜に高くそびえる山姿であるが、登り道は細かいつづら折りで意外に楽な印象である。コースタイム40分のところ、軽装が効いて一気に25分で到着した。
山頂では三脚を立てている人が3人ほど、ハッセルなど中版カメラの人ばかりである。

稜線上にある山頂は面積が狭く、通路を塞がない場所で陣取ろうとすると、崖っぷちのような怖い場所になってしまう。ここは槍や穂高を狙う絶好のビューポイントであるが、目まぐるしく動くガスがひっきりなしに山姿を隠し、なかなか良い窓が開かない。高度感にびくびくしながら、じっとカメラを構えてシャッターチャンスを待っていると、これはなかなかハードな作業だと気付く。三脚持ってくれば良かったなあ。
なかなかシャッターチャンスが得られない。諦めムードで時計を見ると、午後5時。もうこの時刻ならと、日没まで頑張ってみることにする。
しばらくすると、ガスが辺りを覆いだし、いよいよダメだと思ったころ、近くにいた人が嬉しそうに「ブロッケン!」と叫ぶ。ガスに投射される自分自身の影に虹の環が現れる、あのブロッケン現象だ。

前回、燕岳に見たブロッケン現象では、シャッターチャンスを逃したが、今回はばっちりである。
午後6時をまわってそろそろ日没という頃、ようやくガスが切れ始めた。みるみる赤みを帯びだす光。沈む太陽と、ガスの流れの駆け引き、間に合うか? ほどほどに窓が開いたところでシャッターを切るも、薄いベールのようなガスでイマイチ見通しが悪い。
あたりが暗くなってきたところで、大きなガスが稜線を覆う。今日はここまでか…。2時間以上粘った地点を後にし、下山を始める。10メートルほど歩いたところで突然、周りが明るくなる。はっ!と振り向くと、くっきり茜色に染まる槍ヶ岳があった。大急ぎでカメラのレンズを交換、シャッターを切る。

日没過ぎた午後6時42分、なんとか粘り勝った。