忘れていた心の故郷

いっこうに雲の切れる気配がないので、しばし、山荘の二階で午睡を決め込む。夜と違って人は少なく、今なら布団も独り占め状態だ。昼までで撮った写真をフォトストレージに読み込み、布団に寝転がったまま確認する。ここ鏡平で撮った写真は、幸か不幸か、最初にシャッターを切ったカットが一番良い仕上がりだ。それにしてもこの風景、見れば見るほど、不思議と懐かしさがこみ上げてくる。間違いなく生まれて初めて来た場所なのに、何故だろう? 布団の上でウトウトするうち、記憶はどんどん過去へ遡る。

自分が幼稚園に上がる前、自宅の居間の壁には、風景画が貼られていた。遠くにそびえる尖った山、森の傍らに水を湛える青い湖、そして腰を垂れて水面を仰ぐ木の枝。当時の自分は、その神秘的な風景に毎日見入っていた。そして、自分もその絵の中の住人であるかのように、さまざま空想をした。尖った山には魔法使いが棲んでいて、湖の左を行った先には木こりのおじいさんの棲む小屋が建っている、冬は氷が張った湖の上をスケートで滑る…。
やがて引っ越しで、自宅は別の町へ移る。家財道具は新しい自宅でも一緒だったが、新しい居間に、あの風景画はない。捨てられたのだ。自分は、故郷を失ったかのような激しい怒りで、父・母に泣き付いた。その後、父も母も、山森湖の風景画や写真をいくつも手に入れて壁を飾ってくれたが、あの風景は二度と帰って来なかった。

思い出した瞬間、首筋に電気が走るような軽いショックを感じた。間違いなく、ここに来たんだ。