岩登り実技第一回・三ツ峠1日目

岩登り教室の最初の実技講習。今回は山梨の三ツ峠へ行き、岩登りの基本を学んだ。

河口湖駅に集合、四季楽園へ

河口湖駅へ朝9時20分に集合の指示だったのだが、中央線の高尾駅で人身事故が発生し、新宿からおよそ50分遅れで河口湖駅に向かうことなった。講師に携帯メールで状況をお伝えしたところ、やはり、ほとんどの受講生は同じ電車に乗っている様子。河口湖駅で、今回の参加者全員が揃うまで待つとの返事をいただいた。
新宿から乗った特急あずさの自由席は、遅れの影響から通路までびっしり人で埋まっている。富士急線に乗り換えのため途中下車する大月駅では、通路の隙間を抜けて降りるのに一苦労。連絡していた富士急線は間髪入れず発車し、乗り遅れてしまった。

10時20分頃、河口湖駅に到着。自分たちが最終だと思ったのだが、まだ後に到着するメンバーがいた。連絡に沿って11時00分まで待つことになった。予定していた天下茶屋行きのハイキングパスはすでに出てしまった後だったが、特別にチャーター便バスを出していただけることになり、ほっとする。
天気予報は曇り時々雨になっていたが、日差しが強く、今のところ雨の気配はまったくない。こいつは真夏の暑さ、辛い登山になりそうで、ちょっと心配。
駅近くのコンビニへ行き、食べ物と飲み物を調達。待ち時間の間に、軽く飲み食いした。バスの準備ができたところで乗り込む。11時ちょうどにメンバー全員が揃い、バスは予定通り発車。

11時30分頃、標高1,230mの三ツ峠登山口に到着。バスを降りてみると、標高のおかげで意外に涼しい。爽快というほどではないが、我慢できる範囲の暑さだ。
15分ほど歩いたところで駐車場に出た。講師の車から、ロープなど岳連の共同装備品を受け取った。
12時00分頃、標高1,750m付近の四季楽園に向け、出発。ルートは一応、登山道の扱いになっているものの、ジープ程度の車両は走行できる整備された道だ。事前に聞いていたスニーカーでも大丈夫の話に納得。30分弱ほどでベンチのある中間地点に着き、軽く休憩。

外岩クライミングとビレーの訓練


13時10分頃、あっけなく四季楽園に到着。天候は雲が増え、辺り一帯が霧に包まれ始めた。
各自、ヘルメットとハーネスを装着し、岩場に持って行く装備を整理する。岩場で不要なものは、四季楽園に置いていくことができる。ブヨがいるので、顔を中心に虫除けスプレーをたっぷり塗った。

四季楽園から岩場へのルート途中には、崩落箇所があり、間隔を空けてひとりずつ慎重に通過した。

15分くらいで岩場に到着。左フェイスの階段状岩場と呼ばれる場所である。霧をまとった垂直の岩壁が、異世界の入口へようこそ!と語りかけてくるようだ。
われわれ受講生は、二つのグループに分かれた。一方のグループは東フェイスの地蔵ルートに移動し、もう一方のグループはそのまま階段状岩場に残った。自分が属したのは、階段状岩場のグループだ。ここでまず覚えた鉄則は、岩場に入ったら絶対にヘルメットを脱いではならないことである。

最初に講師によって行われたのは、トップロープの設営だ。講師のうちのおひとりが、リードでするすると岩壁を登られた。岩陰の見えなくなったあたりに着いたところで合図があり、ロープを投げ落とされた。上からの声は、周りの岩壁に反響して、まるでアリーナに立っているかのような心地よいエコー付きで聴こえてくる。古代のギリシアやローマの人々は、こうした自然の岩場での体験から学んで、巨大な石造りの神殿を作ったのかも知れないなあと、ふと思ったりもした。

ここで、ビレイヤー役の講師からビレイ方法についての説明をいただいた。
ロープの動きを摩擦力で制動するのは確保器だが、その確保器の動きをコントロールするのは、確保器より下側のロープを握る手(確保担う手)だ。確保器より下方向へロープを引くと摩擦力が強まり、ロープが止まる。ロープを送り出したいときは、確保担う手を確保器と同じ高さ位置に上げて摩擦力を落とす。確保担う手は、初心者のうちは利き手側にすることが望ましい。上側のロープを握る手は、添えて位置を維持する程度の役割だ。

確保器(ATCまたはルベルソキューブ)には、上の写真のように、ロープの方向を示す表記がある。この例では、左側がクライマーに至るロープの方向で、右側が確保する手の方向を示している。この方向を間違えると、正しい制動力が得られない。
講師によるトップロープの設営が完了したところで、われわれ受講生の訓練が始まった。各自、順番に交代し、クライマーとビレイヤーを体験する。クライマーは、ハーネスのループにロープを「フィギアエイト・フォロースルー」で結び付ける。ビレイヤーは革手袋を着け、ハーネスのループにカラビナで確保器とロープを連結するのだが、必ず、確保器のワイヤーはカラビナにかけて外さない状態のまま、確保器に通したロープをカラビナにかけるようにする。こうすることで、確保器をうっかり落としてしまう事故を防止できる。クライマーとビレイヤーは、準備ができたら、お互いに命を預ける/預かる関係の意識で、相手のロープ連結状態をしっかり確認すること。

クライマーは、ロープに適切な張力がかかっていることを確認した上で、登り始めなければならない。だらんと弛んでいると、落ちたときにすぐ止まらないため、怪我をする恐れがあるからだ。岩角でロープが引っかかっているような場合は、クライマー側でもロープを振るなどして、引っかかりから外すことが望ましいとのこと。

ビレイヤーは、クライマーの動きに合わせて、ロープを弛まないよう素早く引いていく。焦ってあまり強く引いてしまうと、クライマーの動きを妨げることになるので、注意が必要だ。また、クライマーがテラスのような安定した足場にあるときは、ある程度、弛ませたほうが良い場合もあるし、トラバースやクライムダウンを行う箇所では、逆にロープを繰り出して伸ばす必要も生じる。常にクライマーの動きを見張って合わせていくことになるが、クライマーの姿が直接見えないときは、手で感じ取れるロープ張力の感覚を頼りに、合わせなければならない。
いざ、自分で実際にやってみると、やはり、なかなか難しい作業だ。クライマーがすばやく登っていく箇所では、ものすごいスピードでロープを引き取っていく必要がある。下側ロープを引く利き手を水平位置にして目いっぱい引き伸ばした後、利き手の引き方向を下に替え、確保器の摩擦力で固定する。反対の手は上側ロープを離して下側ロープの確保器直下を引き押さえる。そして、利き手をロープの確保器直下に持ち直してから、反対の手は上側ロープを持ち戻す。これを素早く繰り返すわけだが、手際よくやるには、何度も訓練して慣れることが必要だろう。
突然、クライマーの足元から小石が落ちてきて、「ラーク!」の声が響いた。ビレイヤーはロープを支える都合上、ヘタに動くことができないので、ヘルメットを信じてその場に身構えるほかない。けっこう怖い体験だ。

クライマーは、目標地点まで登ったら、合図して下降を開始する。降り方は、手足を使って普通に降りる「クライムダウン」と、ロープの張力を頼りに降りる「ロアーダウン」(上の写真)、どちらかの方法でも良いとの指示があった。しかし、どの人もロアーダウンを選択したようだ。
自分がクライマーの番になり、いざ登ってみると、与えられたルートはかなり優しい印象で、問題なく登ることができた。ロアーダウンは、最初のロープに身を預ける瞬間は怖いが、いったん預けてしまえば、忍者になったような気分でとても楽しい。カラダが岩壁に当たらないよう、足の支えとカラダのバランスに注意して降りていく。ビレイヤーもお互い慣れないメンバーなので、ときどきロープの送りが不規則になり、ガクン!と緩むとドキッ!とする。自分がビレイしていた最中、クライマーから挙がった声の原因はコレだったのかと、今さらながらに気付いた。
降り終えて足が地面に着いたら、しゃがんでロープの余裕をとったところで、ビレイを解除してもらう。立ち上がって、ハーネスループに結んだロープを解く。
ルートを替えて2回、全員がビレイヤーとクライマーを経験したところで、この日の実技訓練は修了した。

夕食と座学


17時頃、訓練が終わったところで、皮肉なことに天候は回復、青空が見えるようになった。岩壁を見あげると、目が眩んでしまいそうな垂直の高みだ。
装備をザックにしまい、四季楽園に戻ってみると、辺り一帯に揚げ物の匂いが広がっている。予想は、天ぷら派とトンカツ派に分かれたが、たぶん、予想する人それぞれ、好きな食べ物を思ってのことだろう。
夕食は18時半頃になるとのことで、各自、部屋で待つことになった。女性は1階、男性は2階、講師は3階の部屋割りだ。
部屋で座っていると、足首付近が猛烈に痒い。ブヨの仕業だ。ポツリポツリと赤く腫れた点が皮膚に浮かんできた。たぶん、ビレイ中に喰われたのだろう。顔や首回りは虫避けスプレーでしっかりガードできたのだが、裸足でクライミングシューズを履いたため剥き出しになった足首付近には、スプレーをかけていなかった。まさに、ギリシャ神話のアキレスと同じ弱点をさらけ出してしまったことが、悔やまれる。

18時半になり、用意された夕食がこの写真。正解はトンカツだった。マグロの刺身、鯖の塩焼き、タコの酢の物、きんぴらゴボウが盛り合わさって、予想以上に豪華な内容だ。もちろん、どのおかずも旨い。

食事を終えて一休みした後、20時から3階に集まり、ロープ結びの座学を受けた。プルージック用ロープスリングを使い、まず、ダブルフィッシャーマンズノットで輪を作る。雪山教室で学んだメンバーは、すでに何度も訓練したことの復習だ。
できた輪の用途のひとつとして講師から説明されたのは、宙吊り状態からのプルージックによる脱出方法だ。オーバーハングした岩壁で宙吊りになると、手足が岩にまったく付かず、にっちもさっちも行かなくなる。そこで自己脱出方法を知っていれば、救助要請してヘリのウインチで引き上げてもらうまで待たなくても、助かるという。自己脱出に使う技術は、メインロープへのプルージック結びだ。
まず、片足がかかる高さでプルージック結びを作り、足をかける。続いて、反対側の片足がかかる、より高い位置に、もう1本のロープスリングでプルージック結びを作り、足をかける。両足で立てたところで、最初に結んだほうのプルージック結びから足を外して、結びをずらし上げ、再び足をかける。これを交互に片足ずつ繰り返すことで、ハシゴを登るように、メインロープを昇っていくことができるわけだ。
21時になったところで、この日最後の座学は終了。各自、部屋に戻って就寝となった。酒でも飲んで親睦を深めたいシチュエーションではあるが、みんな、命を徹して張り詰めた訓練にカラダもアタマもクタクタらしい。あっさり眠りに着いた。