雪山実技第二回・富士山五合目 1日目

いよいよ、富士山での雪上訓練だ。

佐藤小屋までの行程

前日(1月28日)の21時50分、新宿駅からチャーターバスで出発。今回の参加者は欠席なしの33名。
2時間ほどで、宿泊先のロイヤルホテル河口湖に到着。ここで5時間程度寝て、朝6時、チャーターバスでロイヤルホテル河口湖から冬期登山口となる中の茶屋へ向かう。
朝7時、標高1100mの中の茶屋にバスが到着し、ここで簡単な説明を受けた後、班分けが行われた。講師1名+受講者5〜6名で1班を構成、全部で6つの班だ。
各班単位で登山開始。目的地となる五合目の佐藤小屋は標高2230mなので、標高差1130mの行程だ。ここから一合目手前の馬返しまでは舗装道が続く。

馬返しは、いわゆるゼロ合目にあたる地点。浅間神社の鳥居がある。積雪はなく土の地面が出ているが、ガチガチに凍結。

二合目付近から積雪が路面を覆うようになったが、結局、目的地の佐藤小屋までずっとアイゼンは装着しないで歩いた。
11時半頃、五合目の佐藤小屋に到着。長めの休憩で行動食を摂る。気温は-15℃。ちょうど森林限界を超える地点になるため、富士山独特の強風が容赦なく吹き付けてくる。日本気象協会の予報サイトでは、富士山の標高2000m付近の風速予想値が約14mとなっていたが、実際、激しいときは台風接近時のような風圧を感じる。急激な温度低下で顎が痛くなってきたので、急いで目出し帽をかぶった。ここでは人間の命なんて、ほんとうにか弱い存在だ。

雪上歩行訓練

各班単位で実技講習を開始。まず、ピッケルで斜面を掘って、ザックの置き場所を確保する。バケツ掘りと呼ばれる作業だ。
ザックを降ろした後、最初はノーアイゼンでの雪上歩行。講師を先頭に一列に進む。早速、強風がやってきた。講師より耐風姿勢の説明を受け、すぐに体制をとる。幸い、風はすぐに収まった。
キックステップや逆ハの字のグリップで、斜面を登下降したりトラバースする。雪質は前回の谷川岳と正反対で、とにかく堅い。一口で言えばアイスバーンなのだが、厚いところもあれば、薄いところもあり、状態はさまざま。薄いところは体重をかけると踏み抜いてしまい、その下はさらさらのパウダーで、これまたグリップが効かない。そして、割れたアイスバーンのエッジに足が引っかかると、転びそうになる。
トラバース途中、薄いアイスバーンを踏み抜き、バランスを崩す。その瞬間、ズルッ!とすべって転倒してしまった。アイスバーン上に倒れたカラダが、ザァーっと斜面を滑り出す。うわぁ、滑落だぁ! 焦ってピッケルのシャフトを突き立てても、堅いアイスバーンにはまるで刺さらない。落ち着いてピックを叩き込んだら、なんとか停止、ほっとする。下には別の講師の方が待機しているので、自力で止めらない場合は助けてもらえるわけだけど、かなり心臓に悪い思いだ。
再び歩き始めてしばらくすると、講師から「右足まっすぐ、もっと前へ!」と声が飛んできた。えっ!と思っているうちに、講師がすぐ横に来て、直接、手で私の足の位置を直す。正しい足の運びをカラダで覚える。後で気付いたのだが、滑落の後はビクビクして歩幅が狭くなってしまったのだろう。
くたくたになった頃、休憩。テルモスのお湯を飲むと、とても安らぐ思いだ。
次に、アイゼンを装着し、いままでノーアイゼンで歩いたルートを同じく歩いてみて、その違いを確かめる。当然だが、アイゼン装着ではカラダが安定し、とても歩きやすくなった。しかし、講師の説明によれば、ノーアイゼンでも正しい姿勢で歩けば安定するという。怖がってへっぴり腰だとグリップしなくなるのだ。確かに、アイゼンを付けているという安心感で、ノーアイゼンのときとはカラダの姿勢がまるで違っていることに気付く。
ひととおり歩いたところで休憩をとった後、今度はザックを背負って、再びこれまでのルートを歩く。背負ってみるとちょっとバランスのとりにくさはあるが、すぐに慣れた。
そろそろ飽きてきたか?という頃、講師から、あの下へ行ってみようか?と言われたほうを見ると、そこはまったくトレースのない急斜面。ちょっと怖い感覚と好奇心が入り交じる。突入してみると、プチラッセルな雪質だ。アイスバーンの上に20〜30cmほどの新雪が積もっているが、ところどころに岩が潜っていてアイゼン爪がガツン!と当たる。慎重に歩かないと転びそうだ。これがアイゼンのデメリットなのか。しばらく歩いてみると、だんだん要領がつかめて、スピードが上がってきた。隊列を作って急斜面に真新しいトレースを刻みながら登っていくのは、とても気分がいい。メンバーみんなニコニコしながら、冬山の気分だねー!と嬉しく声をあげた。登り終え、元のルートに辿り付いたところで、講師からは「ここはアイゼンなしのほうが歩きやすかったね」との一言。いやあ、確信犯でしょう、と思ってしまった。
歩行の後、班全員のザックを円陣に並べてその上に座り、ツエルトを被っての休憩を体験する。風を遮るだけでも、とても暖かくなるものだ。
16時頃で、今日の歩行訓練は終了。

机上講習

佐藤小屋に戻り、今夜の部屋割りを受ける。男性は2階、女性は1階になった。装備を片付けながら一休みの後、夕食を摂る。メニューはウワサに聞く佐藤小屋名物、野菜ゴロゴロの具だくさんカレーライス。おかわり自由をいいことに3杯たいらげたが、とても旨かった。
夕食の後は、明日の滑落停止訓練に向けた机上講義だ。まず、各自持ってきたハーネスを装着し、講師の点検を受ける。続いて、簡単なロープ結びのトレーニング。ダブル・フィッシャーマンズ・ノットで、ロープスリングを作る。明日、ハーネスとロープを実際に使うかどうかは、雪質などの状態を見て判断するという。冬期にハーネスを使う場合の注意点として、後ろ(尻側)のギアラックは絶対に使ってはならないとの説明があった。段差を乗り越えるときなど、後ろ足を大きく上げると、ギアラックにぶら下げたスリングにアイゼンがひっかかってしまうことがあり、大転倒するそうだ。また、八ヶ岳の実技講習では、テープスリングで「うさぎの耳」と呼ばれる結びと、ロープススリングでフリクションノットを使う。フィックスドロープに2枚のカラビナを交互に掛け替えて自己確保するので、家で練習しておくと良いとのこと。
そのほか、緊急行動での生存率を高める大切なキーワードとして、「あわてるな」「あせるな」「あきらめるな」という三つの「あ」が紹介された。
講義の後は、消灯まで自由行動だが、講師を囲んでの楽しい親睦会となった。みんな、くたくたに疲れているはずなのだが、本当に元気だ。自分は23時頃、床に着いた。なお、佐藤小屋の布団は、寝袋状になっていて、すきまができず暖かい。