SACDで出た冨田勲「惑星」究極版

初版からはや34年


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写真の左側は、8年前にDVD-Audio/Video仕様で発売された2003年版。そして右側が、この6月1日付にてSACDハイブリッド仕様で発売された究極版(Ultimate Edition)だ。
調べてみると、アナログレコードでの初版は1977年の発売。このサウンドを聴いて果てしない懐かしさを覚える世代は、恐らく40歳代後半〜50歳代なのではないか。
冨田勲さんのシンセサイザー作品は、ドビュッシー・月の光からストラヴィンスキー火の鳥まで、日本ビクターのディスクリート4ch規格「CD-4」でマスタリングされていた版があったと記憶するが、この惑星からは2chマスタリングのものだけが発売されていたように思う。2chといっても日本ビクターのバイフォニック技術により三次元空間への音像定位が図られ、ごく普通のオーディオ装置でもスピーカーの設置場所を無視するかのような音の広がりが得られたのには、当時、大いに驚かされたものだ。

4chサウンドの意義


今回、SACDハイブリッド仕様により、一般のCDプレーヤーでも再生できるようになったわけだが、やはり、SACDマルチチャンネルのトラックこそが、このサウンドの真価と呼べるものに仕上がっていると思う。ただでさえマイナーな規格SACDで、さらに弩マイナーなマルチチャンネルトラックを再生できる環境なんて、いったいどれくらい現存しているのだろう? その価値は、はなはだ疑問なのだが、DVD-AudioマルチとともにSACDマルチの再生環境を持つ自分としては、素直に喜びたい。
マルチチャンネルというと、一般的には5.1ch仕様なのだが、2003年版・DVD-Audio仕様では4.1ch、今回の究極版・SACDマルチチャンネル仕様は4.0chでマスタリングされている。2003年版のライナーノーツによれば、冨田勲さんご自身、以下のような意図で制作されたのだという。

 4チャンネルにした理由は、この音場にはとくにどちらが正面であるかということは基本的には決めておらず、5.1チャンネルのように前方のセンターを加えると、どうしてもその方向が強調されてしまうため、前後左右が平等な4面ステレオをあらわすのにはふさわしくなくなります。もしセンターが必要であれば各面にすべてセンターチャンネルを設けなければならず、厳密には8チャンネルが必要になり、現実的ではなくなります。
 4チャンネルの場合は、必ずしも正四角形ではなく、部屋の都合により、ある程度イージーにスピーカーを置いても効果が出ます。スピーカーの配置も部屋のインテリアの一つとして、楽しんでください。

つまり、この作品の聴き手は、右を向こうが左を向こうが、さらには、後ろを向いていたっていい。あらゆる方向に平等に音が配置されているので、無重力的な気分にひたることができるのだ。

それぞれの版の違い


初版は家のどこかにあるはずだが、あいにく、すぐには出てこないため、記憶に頼るほかない。今改めて、2003年版と究極版を比べてみると、2003年版のほうがずっと初版のイメージに近い。究極版には意欲的な改版姿勢が感じられる。見事に多彩な音で埋め尽くされたオーケストレーション、しかも見通しがすこぶる良い。2003年版は、今となってはのっぺり、隙間だらけのオーケストレーションに聴こえてしまう。1977年当時、シンセサイザーサウンドに対して批判的な人たちからは、機械的で飽きやすいなどと言われていたのだが、その理由はモーグの音色の問題だけでなく、重ねられた音数にも限界があったのだと、今更ながら気付かされた。アナログのオーバーダビングには、人間の労力の限界とダビング耐性の限界があったからだろう。
しかし、自分のように少年期で初版の洗礼を受けた者には、今回の究極版はあまりに眩しすぎてちょっと違うんじゃないか?との思いを、一抹の寂しさとともに感じてしまったのだった。