「ウィキリークスの衝撃」を読んでみた


ISBN:9784822248475
震災報道ですでに忘れ去られた感さえあるが、世界を揺るがすウィキリークスの活動は、今も進行中だ。この本は、そのウィキリークスの仕組みと国際社会への影響を、客観的な視点で報告する良書である。
ウィキリークスについて自分が最も知りたかった謎は二つある。なぜ、米陸軍の末端の人物が国際社会を揺るがすような数多くの機密情報を入手しウイキリークスに提供できたのか、そして、ウイキリークスはどのようにして情報提供者の匿名性を保障するのかだ。
前者の謎については、9・11同時多発テロアメリカの負ったトラウマが、大きく影響しているのだという。あの事件は、事前に点となる情報をつかんでいながら、点と点をつなぐインテリジェンスが欠けていたために、結果として阻止できず実行を許してしまう事態に至ったというのが、米国内の調査委員会の出した結論だった。そして、「必要なことだけを知れば良い(need to know)」から「必要なことを共有する(need to shere)」へと、米国内の安全保障思想は変貌する。
これを読んだ自分が思い出したのは、3年半前、IT技術系サイト(@IT)に掲載された「“軍隊2.0”に学べ! いま必要な組織改革とは」という記事だ。
http://www.atmarkit.co.jp/news/200709/26/realcom.html
「軍隊2.0と呼んでもいいが、上意下達の階層型組織から各部隊がネットワークで情報を共有するネットワーク型に転換した」(吉田氏)。驚くほどの考え方の変化、これはすごいなあと思ったものだが、同時に、機密情報管理においての懸念も感じていた。世界最先端の米国だから、きっと、そのあたりの対策もしっかり施されているのだろう、と思いつつ…。現実はやはり、機密情報を確実に守る銀の弾丸などなく、ウィキリークスを介し、情報流出をもたらしたのだった。
9・11後の情報共有の流れを止めないで欲しいと嘆願する国家情報長官に対し、ヒラリー・クリントン国務長官は、その要請をきっぱりと断ったという。再び「必要なことだけを知れば良い」の文化に戻った米軍は、果たして今後の複雑な国際舞台で十分な活動をこなすことができるのだろうか? 情報社会学の視点からも、今は非常に重要な転換点にある。
後者の謎、情報提供者の匿名性担保については、本書の巻末掲載「ウィキリークスを読み解く背景知識(2)」(日経ITpro記者執筆)に答えがあった。Webフォームを多段中継する手法と途中経路でのログを取得しないことにより、ウィキリークス運営側にも情報提供者の足跡は見えないようになっているのだという。しかしWebプロトコルの匿名性には技術的限界があるため、今後は、P2P技術を使う方向にあるようだ。P2P技術は、クローズドソース開発の日本国内で流行ったWinnyやShareにおいては解析が進み、もはや匿名性はないに等しい認識となっているが、より匿名性を高める技術革新は(縛りのかかった日本国内は別として)世界中で進められていくことだろう。
ジュリアン・アサンジ代表の目指す「情報の透明性を使って権力の乱用を抑え、より公平な社会を実現すること」が、果たして、未来の人々に幸せをもたらすのかどうか、ウィキリークスの正否を越えて注視していかなければならないテーマであると思う。
転じて、今現在の日本を見ると、福島原発に関する政府・東電の閉鎖的な情報開示姿勢と、人々に広まる疑念やデマ情報…。われわれも大きな課題を抱えているのだ。